印象深い古典の教師がいました。源氏物語が好きで、各生徒にはその原文をノートに書き写し、品詞分解し、現代語訳を付ける自由課題を出してくれました。先生は一つ一つの品詞分解の間違いにていねいに赤ペンを入れて戻してくれました。当時授業を担当しない研究日という日が週1でありましたが、その大半の時間を当ててくれていたのだと思います。

「いずれの教師も知識を押しつけるのではなく、生徒の探究心を高めることに注力していた。私にはぴったりの学校だった」と振り返る

この古典の教師は、東京教育大(当時)の研究室から派遣されていました。教授から相応のポストを用意するので戻るように指示されたのですが、「高校で教える方が面白い」と拒否、結局破門されたようです。研究者の世界は閉鎖的で、師弟関係は絶対です。将来の大学教授の椅子を捨てて、高校の教師にとどまる選択をしたことに感銘を受けました。

世界史の教師はストーリー性の高いヒューマンドラマとして歴史を語り、年代の暗記は求めませんでした。物理の教師はユニークな実験を繰り返し、科学への関心をくすぐってくれました。いずれの教師も知識を押しつけるのではなく、生徒の探究心を高めることに注力していました。直接受験に役立つ授業はあんまりないのですが、私にはぴったりの学校だったと思います。

部活は馬術部に入りました。筑波大付属のOB・OGには、徳川家や旧三菱財閥の岩崎家など名家の子孫が多くいました。大先輩に松平家の出身の方がいて、軽井沢の別荘で合宿したりしていました。高2のとき、主将としてインターハイにも出場しました。当時は学習院高等科との定期戦、我々は「院戦」と呼んでいましたが、そちらの伝統の一戦の勝敗の方が重視されていました。

政界や経済・文化界などで活躍している同窓生はたくさんいます。1期先輩に女性初の大蔵省(現財務省)主計官になった国会議員の片山さつきさんがいます。当時から華やかイメージで目立っていた。少し後輩には狂言師の野村萬斎さんもいます。

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら