「長崎タンメン」のヒットが足掛かりに

サンヨー食品はピヨピヨラーメンの販促に向けて関東と新潟県で初のテレビCMなどを打つなどして売り上げを伸ばし、販路を開拓していった。ある程度の足場が固まった段階で、64年東京五輪の直前に新発売したのが「長崎タンメン」だった。

「業界初である塩味のタンメンに、『長崎』という異国情緒がある言葉を組み合わせました。パッケージにもタケノコやニンジン、エンドウなどを載せた写真を使用しました」(川井氏)

珍しい塩味に加え、写真を使いながら「野菜などの具材を、めんの上に載せて食べる」という提案もした斬新さは消費者に受けたという。30円という価格設定(チキンラーメンは35円)もあり、長崎タンメンは爆発的なヒットとなった。

東京地区でシェアトップとなったほか、日清食品やエースコック、明星食品といった大手がひしめく関西圏にも攻め込んで販売数を伸ばした。工場増設にも乗り出し、サンヨー食品は64年末には生産量で業界4位に躍り出ていた。

しかし、一方で類似品も雨後のタケノコのように登場。過当競争による乱売合戦が激化した。サンヨー食品は商標登録を取ろうとしたが「タンメンも長崎も、一般的な語句だということで登録がかなわなかったそうです」(福井氏)。

次なるヒット商品の開発のために、井田氏は全国各地を巡って、新たな商品となる味のラーメンを探し始めた。食べ歩きの末に井田氏が目を付けたのは、北海道の札幌ラーメンだった。当時は旅行がブーム化しつつあり、札幌ラーメンも人気を集め始めていた。

現行商品の「サッポロ一番 しょうゆ味」

札幌ラーメンらしさを優先するなら、みそ味という選択肢もあったはずだが、井田氏は第1弾商品にしょうゆ味を選んだ。「王道のしょうゆ味で勝負したいと考えて、行きついたのがサッポロ一番 しょうゆ味だったのです」と川井氏は解説する。

ネーミングにも苦心した。札幌ラーメンがベースなので、「札幌」を入れるのは早くに決まったが、先の「長崎タンメン」では商標が取れなかったという経験もしたからだ。

「当時は札幌に『五番館』というレンガ造りの百貨店があり、当初は『札幌五番館』という名前も考えたようです」(川井氏)。しかし、しょうゆ味の即席めんで「一番」を狙いたいという思いもあり、語呂の良さも考えて「サッポロ一番」になったという。今に至る「サッポロ一番」のブランドヒストリーはここから始まった。

(ライター 三河主門)

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