お茶を始めてからも色々あった。就職活動はうまくいかず、週刊誌の編集部のアルバイトから物書きの世界に入った。「日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を出版したのは46歳のときだ。それから16年後に黒木華(はる)や樹木希林の出演で映画化され、観客動員は数百万人になった。自身は約40年、ほぼ毎週同じ教室に通い、茶道と和菓子に親しんできた。いつしか茶道はエッセイスト・森下典子を代表する題材となっていた。新型コロナウイルス感染拡大でペースは落ちているが、お茶に関する講演活動などで全国を飛び回る。

食いしん坊は和菓子以外でも本領発揮してきた。フランス料理、イタリア料理、懐石など話題の店に多く出かけた。でも今は「気取らず、リラックスして食べられるものが好き。漁師飯とか丼物のような、一気にかき込めるものが一番」。

「食べるときは、甘い辛いの味だけでなく、そのときの自分の気持ちや気分ごと味わっている」と感じる。最も記憶に残っている食事は、小学生時代の土曜日の昼ご飯。学校から帰宅し、これから始まる1日半の休みに胸を膨らませながら大河ドラマの再放送を見て、焼きジャケ、温めなおした味噌汁や白米を食べた。その圧倒的な開放感とともに食べるご飯以上の食事には、まだ出合っていない。「あの開放感はもう味わえないですね。仕事には終わりがありませんから」と笑う。

週末に一家そろって出かけ、帰宅した後の夕食の記憶は宝物だ。まだ明るいうちに風呂に入る。台所からは母が野菜を刻む音が響き、父は上機嫌。暑くも寒くもない5月の初め。「その思い出があれば、一生幸せに生きていける気がしています」

【最後の晩餐】 味噌を付けて焼いた焼きおにぎり。居酒屋ではしょうゆを付けたものが多いが、母が作るのは味噌だった。風邪気味のときに食べて寝ると元気が出た。パリパリと香ばしいご飯のおいしさと味噌の風味で、中に具は無くていい。食べると自分の原点に戻った感じがする。

季節の炊き込みご飯

はせ茂(横浜市)のコースメニューにある土鍋ご飯

森下さんの行きつけは東横線東白楽駅から3分の創作日本料理「はせ茂」(横浜市、電話045・401・2555)。お気に入りは季節の炊き込みご飯だ。からすみ、マツタケ、アユなど季節ごとに内容が異なり、「1年中楽しみにするお客様もいます」と店主の長谷川茂樹さん。店主自ら早朝の市場で食材を選び、魚をさばき、新鮮な野菜をきざみ、入念にだしをとって夕方の開店時間を迎える。

6品5280円、10品9350円などのコース料理が人気。訪れた日は「ビーツのポタージュ」「甘鯛(あまだい)のカリカリ焼き蛤(はまぐり)スープと共に」などがメニューに並んだ。

20席の本店のすぐ横には、8人ほどが入れる別入り口の個室「離れ」があり、家族の集まりや会食などに使い勝手がよさそうだ。

(砂山絵理子)

もりした・のりこ 1956年神奈川県生まれ。日本女子大文学部卒。87年に「典奴どすえ」(朝日新聞社)でエッセイストとしてデビュー。2002年に発行した「日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」(新潮文庫/飛鳥新社)がロングセラー。10年「表千家教授」取得。

[NIKKEIプラス1 2021年3月27日付]

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