日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/3/27

空の籠、大きな謎

死海文書の新たな断片が半世紀超ぶりに発見されたことは重要な出来事だが、世界の考古学者たちは、このプロジェクトで見つかった古代の籠にも注目している。この籠は約1万500年前に編まれたと考えられ、完全な形で見つかったものとしては世界で最も古い可能性がある。

この空の籠は、ヨルダン川西岸の「恐怖の洞窟」から北に15kmほど行ったところにあるワディ・ムラバアトの第4洞窟から発掘された。植物性の素材で編まれており、極度に高温で乾燥した環境下で保存されたおかげで、蓋もそのまま残っている。籠は非常に大きく、容積は約100リットルもある。初期段階の調査では、籠は2人で編まれ、そのうちの1人は左利きだったことが示唆された。籠の底にあった少量の土を分析すれば、中に入っていたものがわかるのではないかと期待されている。

この1万500年前の籠は約100リットルの容積があるが、空の状態で発見された。今後の分析により、何が入っていたのかが明らかになるかもしれない(PHOTOGRAPH BY YANIV BERMAN, ISRAEL ANTIQUITIES AUTHORITY)

「これは人類最古の籠ではありませんし、(考古学者が)初めて発見した籠でもありません」と英オックスフォード大学中東・北アフリカ危機的考古遺跡プログラムのプロジェクト長を務めるビル・フィンレイソン氏は言う。「けれども、これ以外の籠はいずれも潰れていたり、壊れていたり、ばらばらになったりしています」。非常に古い籠になると、堆積物に付けられた跡しか証拠がないこともあるという。

「元のままの立体的な籠を見たのは初めてです」とフィンレイソン氏は言う。

この籠は、「先土器新石器時代B(PPNB)」と呼ばれる、今から1万950年~8900年前の時代のもの。PPNBは、近東の人々が狩猟・採集生活をやめて初期の農村が出現しはじめた重要な時期だ。

「彼らは土器を持っておらず、農業もまだ実験段階でした」とカナダ、トロント大学の考古学者エドワード・バニング氏は説明する。「それにもかかわらず、彼らは大きな村に住み、かなり複雑な社会を形成していたのです」

農耕生活を営むには作物を貯蔵するための施設が必要だが、PPNBのほとんどの遺跡では、貯蔵用の穴があったとしても比較的小さいものしかないとバニング氏は言う。

「私たちは以前から、彼らは作物を籠に入れて保管していたのではないかと考えていましたが、籠は見つかっていませんでした」と氏は言い、今回の発見は「信じられない」と喜ぶ。

バニング氏が特に不思議に思うことがある。それは、今から約1万年前の村人たちが作物を栽培していたのは西のもっと肥沃な高地であるのに、そこから遠く離れた死海の近くの洞窟に籠が残されたのはなぜかということだ。氏は、新石器時代の人々が交易用の塩を集めていた可能性を考えている。

「これだけきれいに保存されているのですから、何年もかけて研究されることでしょう」とバニング氏は言う。

フィンレイソン氏は、複雑に編み込まれた籠が機能的であるだけでなく、新石器時代の職人や所有者にとっておそらく美的に満足できるものでもあったことに注目している。

「驚くようなことではありませんが、この時代の有機物の遺物は少ないため、私たちはどうしても彼らの豊かさを忘れがちなのです」

(文 KRISTIN ROMEY、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月20日付]

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