日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/3/31

アフリカ系の伝統が息づく仮面舞踏は、この祭典に共存する2つの異なる側面を浮き彫りにした催しの一つだ。思わず踊りだしたくなるビートもさることながら、その衣装には個人の尊厳と、オブラートで包んだ皮肉のメッセージが込められている。見てすぐにわかるのは、むちを手にした踊り手たち、カトリックの司教帽のようなかぶり物、そしてアイリッシュ・フォークダンスのステップだ。

だが、そこには、一見そうとはわからない要素も隠されていると、モントセラト芸術評議会企画制作部長のヴェルネア・バス氏は言う。「リボンにレース、ガラス。これらはみな、奴隷が主人の家から持ち出してきたガラクタだったのでしょう。仮面舞踏とは、そういうことです。自分ではない誰か別の人間になろうということなのです」

曽祖母が奴隷監督者の娘だったというバス氏も、複雑なアイデンティティーを持つ住民のひとりだ。「私の祖先は奴隷でしたが、アイルランド人の血も入っています。私たちの中にあるアイルランド人の部分を切り捨てるということは、私たち自身を切り捨てるということ。自分の一部だけを愛して、他の部分は愛さないということはできません」

モントセラトのこれから

その祝賀も論争も、パンデミックのせいで今はお預けになっている。2020年が始まったばかりの頃、観光業は順調だった。2019年、インバウンドの観光客は1995年以来初めて2万人を超えた。ところが2020年の聖パトリック祭の日、既に観光客が島に滞在していたというのに、主要な行事が開会のわずか数分前に中止された。

その後モントセラトは、外部からの観光客受け入れを年末までほぼ全面的に停止した。つい最近になってようやく、丘の上やビーチでのリモートワークを考えている人々を対象にしたリモートワーカー・プログラムを始めた。他にも、新しい突堤、空港タワー、火山案内センターの建設計画が進められ、地元のスキューバショップはサンゴ礁再生事業に取り組む傍ら、子どもや大人向けの水泳教室を開いている。

「誰もが皆、これまで経験したことのない状況に直面しながら生きています」。モントセラト観光部長のウォーレン・ソロモン氏は言う。「けれど、パニック感はありません。この島の人々には、柔軟な回復力があります。過去にも、モントセラトは悲劇を潜り抜けてきましたから」

その悲劇とは、島のスーフリエール・ヒルズ山噴火による災害のことだ。現代に入ってから初めての噴火が1995年8月に起こってから、島は何度となく噴火と地震に脅かされてきた。1997年6月の大噴火では19人の死者を出し、首都プリマスは火山灰で埋もれ、島の人口の半分以上が移住を余儀なくされた。

1997年のスーフリエール・ヒルズ山噴火で火山灰に埋もれるまで、モントセラトの首都だったプリマスは、現在、居住不能地域とされている(PHOTOGRAPH BY DEREK GALON, MONTSERRAT TOURISM DIVISION)

現在、プリマスを含む低地の3分の2は居住不能地域とされ、許可されたツアーだけが立ち入ることができる。船で現地を通過すると、冷え固まった火砕流の跡から、建物の屋根や教会の塔の先端が突き出しているのが見える。

モントセラト観光マーケティング部長のシュリース・エイマー氏は、プリマスのユネスコ世界遺産への登録が成功するよう願っている。「プリマスは、私たちの心の中の重要な位置を占めています。あそこは、私たちの生活の中心でした。今も鮮明に記憶しています。プリマスへの帰還は、モントセラトの人々にとっての悲願です。子どもの頃通っていた学校を再び訪れることができたらどんなにいいだろうと思います」

つらい歴史を乗り越えてきたモントセラトの人々は、故郷が持つ自然の美しさや絆を大切にし、ゆったりとした島の雰囲気を残しながら、持続可能な観光を成長させたいと願っている。

スキューバ・モントセラトのエミー・アシュトン氏は言う。「モントセラトには何があるの?と聞かれたら、歩を緩めて道端にあるバーでビールと会話を楽しめるのよ、と答えます。ジップラインのような刺激はないけれど、山に登って海やプリマスの絶景を眺めたり、友人のチャールズに会いにセントジョンズのバーへ行こうと言ったりできる。そんな小さなことの集まりなんです」

モントセラトの聖パトリック祭は、伝統的なアイルランドの祭典とは異なるかもしれないが、旅行者はそこで、人々の生きる力と温かさに出会う。

同じくスキューバ・モントセラトのアンドリュー・マイヤー氏も、こう話してくれた。「ここには、間違った場所などありません。どこへ行っても、島の人たちが温かく迎えてくれます」

次ページでは、この島の歴史的な背景から生まれた独特の聖パトリックの祝祭を写真で紹介したい。

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