2021/3/23

震災10年・離れて今

――大熊町は現在もほぼ全域が帰還困難区域のままです。震災後、一時帰宅などで戻ったことはありますか。

「家族は何回かありますが、自分だけは行っていません。実際に見ちゃうと、イヤだからですかね……。自分の故郷が荒れ果てているのを見るのはイヤですね」

「離れてわかったんですけど、大熊町って(心と環境の)どっちの意味でも明るいんです。あったかいというか。歩いていると(離れた)向こうのほうから普通にあいさつしてくれるし、街灯が多くて夜も明るかった。おじちゃんがやっている、歩いてすぐのタイ焼き屋に千円札を握りしめてお使いに行ったこと、休日のめちゃくちゃ広い町役場の駐車場で、両親と自転車の練習をしたこと、そんな思い出もあります」

「トッシー、いい!」

――高校2年のとき、柳美里さんの演劇ユニット「青春五月党」の復活公演で「静物画」に出演されました。その経験を通して何か変わりましたか。

柳美里さん(左)の演技指導を受ける新妻さん(2018年9月、福島県立ふたば未来学園高校)

「うーん……。なんか、でも、吹っ切れた感じがします、大熊のことに関して。それまで若干、未練があったんですけど、すっぱりなくなった感じがあります。なんか、大切なものをボックスにしまうみたいな」

――けいこ時に柳さんから「才能がある」と声をかけられていました。どんな気持ちでしたか。

「柳さんに才能があるって言われたのは覚えているんです。それも何回か。そりゃうれしいですよ、柳さんから『いい!』って褒められたら。(呼び名は)『トッシー』でした。あるセリフを口にするとき『手をつないで輪になってみたら』とアドバイスされて、うまく感覚がつかめたことがありました。(柳さんの演出は)すごいなあというか、形容しがたい。尊敬というか。あまり言葉にしたくない感じです」

――20年春に駿河台大学の経済経営学部に進学。地元を離れていかがですか。

「家事ってめちゃくちゃ大変だなと感じました。食器を洗うときも手が冷たくて、これいてえな、みたいな。洗濯物を干すのも大変です。一人っ子で甘やかされているので、一度ひとり暮らしをして、何でも自分でやれるようになっておかないとまずいかなって思っていたんですが。両親からは『ちゃんとめし食っているか』とか『洗濯物ためてないか』とか言われています」

大学1年生になった新妻さんの「自撮り」(2021年3月)

――コロナ下の大学生活は。

「さびしいですね。入学式もなかったし、まだ友達もつくれていません。早くコロナが終わって、普通に大学に行きたいなと思います。演劇部の仲間とは、東京で一度だけ会いましたね。1年もたっていないので当たり前ですが『変わってないな』と。たわいもない話をしました」

――将来の希望は。

「裕福じゃなくてもいいので、楽しく暮らしながら、なんか社会の役に立っていると感じられるといいかなって思いますね」

「友達と笑ってしゃべっているときが楽しいですよ。話を聞いているのも好きです。(友人から)『気楽に生きているよな』と言われたことがあって、自分でもそう思いますね。(努力型では)絶対にないです。努力、一番嫌いです。受験勉強もめちゃくちゃ大変でした」

(聞き手は天野豊文)