温暖化だけにあらず 地盤沈下で悪化、沿岸の海面上昇
温暖化により世界の海面が上昇するなか、一部の沿岸地域では地盤沈下が問題を劇的に悪化させていることが、2021年3月8日付で学術誌「Nature Climate Change」に発表された論文で明らかになった。例えば、米国のニューオーリンズ、インドネシアのジャカルタなど、人口が集中している沿岸地域では、海面の上昇率が世界平均の3~4倍に相当するという。
「私たちが論じているのは予測ではなく、今起きていることです」と、研究を率いた英イーストアングリア大学ティンダル気候変動研究センターのロバート・ニコルス氏は話す。「しかも、かなり重大です」
ただし、希望もある。沿岸部の土地が沈下している主な原因は地下水のくみ上げといった人間の活動であり、沿岸都市は対策を講じられるためだ。
限られた地域の問題ではない
海岸線の沈下(または上昇)を引き起こす要因のなかには、人の力ではどうにもならないものがある。地球の一部はいまだに、最後の氷河期に地球を覆った氷河の消滅に適応している最中であり、その結果として地盤が上昇したり、沈んだりしている。河口付近の三角州では、堆積したばかりの土砂が圧縮されるため、土地は徐々に沈下する。
しかし、そうした自然現象に加えて、地下水のくみ上げ、石油やガスの採取、砂の採掘、堤防の建設といった人の活動が地盤沈下の原因になる場合もある。川の氾濫防止自体は良いことでも、川が堆積物を広範囲に供給して土地をゆっくり再生する過程を妨げてしまう。
特に人口が集中している場所では、地下水のくみ上げをはじめとするこれらの活動がしばしば、地質作用のみで起こる地盤沈下よりはるかに急速に土地を沈下させる。ジャカルタ、ニューオーリンズ、中国の上海、タイのバンコクの一部では、20世紀の間に1.8~3メートル地盤が沈下した。
地盤が沈み、海面が相対的に上昇する現象については、これまでにもいくつかの都市で十分な裏付けが示されていた。しかし、世界規模で影響を評価した研究はなかった。世界規模で地盤沈下を考慮に入れ、「人々が相対的な海面上昇をどのように経験しているかを解明したいと思いました」とニコルス氏は説明する。
全世界の数千カ所の海岸線を対象に相対的な海面上昇率を試算するため、ニコルス氏らは4つの主要な情報を利用した。気候変動に伴う海面上昇の衛星観測データ、最後の氷河期から陸地がどのように適応しているかのモデル推定、117の三角州で自然に起きた地盤沈下のデータ、大規模な沿岸都市138カ所における人為的な地盤沈下の推定データだ。
結果は劇的だった。人工衛星による測定では、気候変動に伴う海面上昇は年間約3.3ミリだったが、全世界の海岸線では、平均すると1993~2015年の実際の相対的な海面上昇は衛星データを少し下回る年間約2.6ミリだった。気候変動の分より低くなるのは、氷河期後のリバウンドとして、地盤の隆起があちこちで続いているためだ。
ただし、これはあくまで世界の平均値だ。世界の沿岸地域に暮らす多くの人々は同時期、年間平均7.8~9ミリの海面上昇を経験していた。
研究チームによれば、これは沿岸地域の住民が急速に地盤沈下が進む三角州や沿岸都市に集中しているためだという。特に深刻なのは東南アジアだ。東南アジアでは2015年の時点で、1億8500万人が沿岸の氾濫原に暮らしていた。世界の氾濫原に暮らす人の実に75%だ。これらの人々は河川氾濫、海面上昇という2つの脅威に直面している。
もし現在のペースで地盤沈下が続けば、今後数十年ではるかに多くの沿岸住民が危険にさらされるかもしれない。人口増加の予測だけをみても、2015年に2億4900万人だった氾濫原の住民は2050年には2億8000万人に達すると論文は指摘している。そのうえ、気候変動に伴う海面上昇により2500~3000万人、現在起きている都市の地盤沈下により2500~4000万人が上乗せされるという。
対して、海面上昇を専門とする米マイアミ大学のハロルド・ワンレス氏は、現在の高い地盤沈下率が21世紀半ばまで続くという前提に疑問を投げ掛ける。
「例えば、上海ではしばらく前から地盤沈下を抑制しようと努力しています」と、ワンレス氏はメール取材に対して述べている。「しかも、今後30年の海面上昇によって、これらの低地にある都市の一部は放棄を余儀なくされるでしょう」
「両方やる」が正解
実際、この研究では、地盤沈下と海面上昇の複合的な影響により、住民たちが内陸に避難せざるを得なくなる状況を招かないよう、全世界の沿岸都市は早急に地盤沈下の対策を講じるべきだと強く示唆している。
多くの都市にとって、「根本的な問題」は地下水のくみ上げだとニコルス氏は指摘する。地下水をくみ上げると、帯水層の堆積物が圧縮され、その上の地盤が沈む原因になる。
上海はまさにそのような状況に陥った。1920年代に初めて地盤沈下が問題として認識されたが、地下水管理の改善によって、ここ数十年は大幅に緩和されている。
東京も同様だ。東京では地下水が急激に減少し、一部の地域が20世紀に4メートル以上も地盤沈下した。現在は地下水のくみ上げが厳しく規制され、地盤沈下の問題はほぼ解消されている。
「すべての地域がその土地の状況を理解する必要があります」と、米フロリダ大学の海洋学者で海岸工学者のアーノルド・バレ・レビンソン氏は語る。同氏は第三者の立場から今回の研究について、「沿岸の自治体が注意を払うべきは気候変動に伴う海面上昇だけではないと思い出させる良い手段」と評価している。結局のところ、適応戦略は地域の課題に合わせたものでなければならないと同氏は述べている。
ニコルス氏も同意見で、地盤沈下の局所的な原因を理解したうえで対応することが不可欠だと考えている。ただし、ニコルス氏はさらに、沿岸地域の地盤沈下を世界的な問題と捉えることで、地域間での知識の共有や、気候政策立案者による問題のさらなる検討が進むと期待する。
「地盤沈下の緩和は気候変動の緩和と同じように考えることが可能です」とニコルス氏は話す。「『どちらか一方をやる』ではなく『両方やる』が正解です」
(文 MADELEINE STONE、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月14日付]
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