日経ナショナル ジオグラフィック社

結果は劇的だった。人工衛星による測定では、気候変動に伴う海面上昇は年間約3.3ミリだったが、全世界の海岸線では、平均すると1993~2015年の実際の相対的な海面上昇は衛星データを少し下回る年間約2.6ミリだった。気候変動の分より低くなるのは、氷河期後のリバウンドとして、地盤の隆起があちこちで続いているためだ。

ただし、これはあくまで世界の平均値だ。世界の沿岸地域に暮らす多くの人々は同時期、年間平均7.8~9ミリの海面上昇を経験していた。

研究チームによれば、これは沿岸地域の住民が急速に地盤沈下が進む三角州や沿岸都市に集中しているためだという。特に深刻なのは東南アジアだ。東南アジアでは2015年の時点で、1億8500万人が沿岸の氾濫原に暮らしていた。世界の氾濫原に暮らす人の実に75%だ。これらの人々は河川氾濫、海面上昇という2つの脅威に直面している。

もし現在のペースで地盤沈下が続けば、今後数十年ではるかに多くの沿岸住民が危険にさらされるかもしれない。人口増加の予測だけをみても、2015年に2億4900万人だった氾濫原の住民は2050年には2億8000万人に達すると論文は指摘している。そのうえ、気候変動に伴う海面上昇により2500~3000万人、現在起きている都市の地盤沈下により2500~4000万人が上乗せされるという。

対して、海面上昇を専門とする米マイアミ大学のハロルド・ワンレス氏は、現在の高い地盤沈下率が21世紀半ばまで続くという前提に疑問を投げ掛ける。

「例えば、上海ではしばらく前から地盤沈下を抑制しようと努力しています」と、ワンレス氏はメール取材に対して述べている。「しかも、今後30年の海面上昇によって、これらの低地にある都市の一部は放棄を余儀なくされるでしょう」

「両方やる」が正解

実際、この研究では、地盤沈下と海面上昇の複合的な影響により、住民たちが内陸に避難せざるを得なくなる状況を招かないよう、全世界の沿岸都市は早急に地盤沈下の対策を講じるべきだと強く示唆している。

多くの都市にとって、「根本的な問題」は地下水のくみ上げだとニコルス氏は指摘する。地下水をくみ上げると、帯水層の堆積物が圧縮され、その上の地盤が沈む原因になる。

上海はまさにそのような状況に陥った。1920年代に初めて地盤沈下が問題として認識されたが、地下水管理の改善によって、ここ数十年は大幅に緩和されている。

東京も同様だ。東京では地下水が急激に減少し、一部の地域が20世紀に4メートル以上も地盤沈下した。現在は地下水のくみ上げが厳しく規制され、地盤沈下の問題はほぼ解消されている。

「すべての地域がその土地の状況を理解する必要があります」と、米フロリダ大学の海洋学者で海岸工学者のアーノルド・バレ・レビンソン氏は語る。同氏は第三者の立場から今回の研究について、「沿岸の自治体が注意を払うべきは気候変動に伴う海面上昇だけではないと思い出させる良い手段」と評価している。結局のところ、適応戦略は地域の課題に合わせたものでなければならないと同氏は述べている。

ニコルス氏も同意見で、地盤沈下の局所的な原因を理解したうえで対応することが不可欠だと考えている。ただし、ニコルス氏はさらに、沿岸地域の地盤沈下を世界的な問題と捉えることで、地域間での知識の共有や、気候政策立案者による問題のさらなる検討が進むと期待する。

「地盤沈下の緩和は気候変動の緩和と同じように考えることが可能です」とニコルス氏は話す。「『どちらか一方をやる』ではなく『両方やる』が正解です」

(文 MADELEINE STONE、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月14日付]

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