2021/3/18

震災10年・離れて今

――震災の経験が今の自分の意識にもたらしているものはありますか。

「震災後にも各地で豪雨災害や大きな地震がありました。そこで被災された方の中には、自分を応援してくれている方もいるかもしれない。自分には走ることしかできないので、それが(被災者の)勇気や感動につながればとの思いはあります」

――そう考えるようになったのは、いつからですか。

「高校3年になって徐々に注目されるようになってからです。中学時代は影響力のある選手ではなかったし、陸上界でも『だれ?』という感じでしたから」

――青森山田高校(青森市)では全国高校駅伝に3年連続出場。3年生のときにはアジアジュニア選手権男子5000メートルで銀メダルの好成績でした。駒沢大学を選んだ理由は。

「大八木弘明監督の指導を仰げば、自分が絶対に速くなる、強くなるという確信があったからです。『実業団に勝つ選手、世界で戦える選手を育てたい』とずっと口にされていて、大学卒業後も輝いている選手が多い。(進学は)人に勧められたというより、自分で判断しました」

新3年生で主将に

田沢さんは現在、駒沢大学陸上競技部の寮で生活している(2020年初冬、東京・世田谷)=田沢さん提供

――大学1年から出雲、全日本、箱根の三大駅伝に出場。2年生になった20~21年シーズンは全日本と箱根を制しました。振り返ってどうですか。

「駅伝が開かれるかどうかもわからないコロナ下の厳しい中で、できることをしようとやってきたことは間違いではなかったと思います。(大会への出場選手が少なかった)4年生がすごく雰囲気をよくしてくれて、ひとりひとりがモチベーションを落とさずに大会を迎えられました」

――13年ぶりとなった箱根優勝の瞬間は、どんな思いでしたか。ご自身は2区に出場し、15位から8位に順位を上げ、タイムは区間7位でした。

「正直に言えば(自分の成績を思って)うれしくはなかったです。自分が活躍していない駅伝の優勝は、そんなにうれしくはなかったですね」

――今春の新3年生ながら大八木監督から主将に指名されました。どんな思いですか。

「監督は陸上にもっとしっかり向き合ってほしいとの思いで自分を指名したんだと思っています。これまでは練習が終わると、何も陸上のことを考えていなかったので。チームの目標として、箱根連覇を含む3冠は絶対に成し遂げたい」

――田沢廉の走りとは何かと問われたら、どう答えますか。

「攻めて、粘りのある走りだと思います」

――ご自身の長期的な目標は。

「マラソンでオリンピックに出ることです。注目度が高いですし、憧れの中村匠吾さん(駒大OB、東京五輪男子マラソン代表内定)のようになりたいと思っているところもあるので」

――24年パリ五輪もターゲットですか。

「はい」

(聞き手は天野豊文)