「森発言」の偏見 競争意識強いのは男性という研究も
女性を蔑視した発言をした森喜朗元首相が、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長を辞任しました。この「森発言」を機に、差別撤廃の機運が高まっています。差別や偏見の背後には何があり、解消するためには何が必要でしょうか。
「差別を撤廃し、多様性のある社会をつくる」。2月中旬、国連の中満泉事務次長ら各界のリーダーが、共同で署名した行動宣言を発表しました。女性やLGBT(性的少数者)、障害者が活躍しやすい環境を目指すとし、「男性のみの討論会や会議は主催者に変更を促す」など5つの目標を掲げています。
宣言には大手メーカーや大学などのトップ42人が参加しましたが、所属する組織は記さずに個人名だけで署名しています。呼びかけ人の一人で一橋大の秋山信将教授は「組織人としての行動には制約もある。個人としてできることから差別撤廃に取り組む」と話しています。
宣言のきっかけは「森発言」です。森氏は女性が多い会議は時間が長くなるとし、その理由に「女性は競争意識が強い」ことを挙げました。しかし、この発言は誤解を含んでいるようです。経済学の研究では逆の結果が出ているのです。
実験室に男女を集め、2通りの方式からゲームを選ばせる研究があります。1つ目は勝者だけが多額の報酬を得られる方式で、2つ目はゲームの進度に従って誰もが少しずつ報酬を得られる方式です。米国や日本で実験をすると、前者の競争的な方式を選んだのは男性の方が多いという結果でした。日本の大学生を対象に実験をした同志社大の奥平寛子准教授は「男性の方が競争を好んだのは、自らの実力を過大に評価する傾向があるためだった」と話しています。
男女の意識に変化が生じていることを示す研究もあります。西南学院大の山村英司教授は男女雇用機会均等法の施行(1986年)前後で、夫婦の身長差が小さくなったことをデータから突き止めました。高身長の男性が好まれ、男性よりも背の低い女性が求められるという結婚観が変化した証拠とみられ、山村氏は「均等法のような制度やルールの変更が、長い目で見ると好みや偏見を変えるきっかけになる」と話しています。
森氏は発言の中で「時間がかかる会議」を「恥」とも表現しました。人々の対話を研究する哲学者の梶谷真司・東大教授は「会議では、裏で根回しした結果の了承だけとればいいとの意識が根底にある」と指摘しています。そもそも議論なくして差別をなくしていくことはできません。どのような制度やルールが必要か、長い時間をかけて話し合う必要がありそうです。
梶谷真司・東京大学教授「民主主義もおとしめている」
女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる――。森喜朗元首相の発言には国内外から批判が集まりましたが、哲学者で東大の梶谷真司教授は「問題は女性差別にとどまらず、民主主義をおとしめる発言でもあった」と指摘しています。何が問われているのかを聞きました。
――森氏の発言のどこを問題視しますか。
「森氏は批判に対して『意図的な報道があった』と反論しているが、発言は全体を通じて問題を含んでいた。そもそもどうして会議に時間がかかってはいけないのか。政治家一般に言えるのかもしれないが、会議は裏で根回しをして了承だけとればいい、という意識が根底にあるように思う。時間がかかる会議を『恥』とする発言からは、話し合いや議論を忌避する感覚もみてとれる。発言は民主主義そのものをおとしめるものでもあった」
「『彼は五輪の開催に尽力してきたのだから』と森氏を擁護する見方もあるが、理解できない。パワハラをしたスポーツチームの監督を『あの人はチームを強くしたのだから』とかばってよいのか。森氏が(組織委会長の)辞任に際して『多くの人に迷惑をかけた』と言うだけで、発言そのものが間違っていたと認めなかったのにも違和感がある。発言はオリンピック精神というよりも民主主義の精神に照らして不適切だった」
――今後、差別や民主主義について考えるべきポイントは何でしょうか。
「制度や枠組みを作るということに重きを置きたい。歴史を振り返れば、女性が満足な教育の機会すら与えられずに能力を発揮できなかった時代もある。そこに教育や政治参加面で制度の改革があったからこそ、活躍の場も増えてきた。今後も差別を解消していくためには、女性が働きやすい労働環境を作るなど制度設計に力を尽くす必要がある」
――制度をつくる社会全体の推進力はどうしたら高められますか。
「民主主義を否定しないのなら、社会的立場が弱い人も可能な限り対等に生きられる世の中をつくっていくことは共通の理念であり、そこに向かって努力をしていくのは当然だ」
「その上で女性をはじめ社会的弱者のための政策は、社会の中心にいる人たちが身を削って施すものだという考え方がある。しかし女性や障害者が安心して働ける職場は、男性にとっても働きやすい職場だろう。制度や仕組みを作るのは恵まれない人を救うというよりも、皆にとってよい社会をつくるためなのだという感覚を共有することが大切だと思う」
(高橋元気)
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