東大卒の研修医 患者の人生に触れIT起業家に転身原聖吾・マイシンCEO

原聖吾・マイシンCEO
原聖吾・マイシンCEO

新型コロナウイルス感染が続く中、需要が急増するオンライン診療サービスを手掛けるMICIN(マイシン 東京・千代田)最高経営責任者(CEO)の原聖吾さん。東京大学医学部出身で医師の資格も持つが、IT起業家として頭角を現す。憧れの医者のキャリア像が大きく変わろうとしている。

オンライン診療システムでトップ走る

「オンライン診療はダメだと思っていたが、意外と便利なツールだ」。都内で内科の診療所を運営する40代の男性医師はこう話す。コロナ禍で患者の来院が大幅に減り、マイシンのオンライン診療システム「クロン」の導入に踏み切った。当初は懐疑的だった。スマートフォンなどIT機器を媒介とするため、検査はもちろん聴診や触診もできず、「患者の顔色や口内もうまくみえないだろう」と診断の精度が下がる懸念があったからだ。

しかし、「予想以上に画像は高精細だし、再診の患者さんの場合、診断するのにそれほど支障はないことが分かった」という。触診などが必要ない都内の心療内科医は、「初診でも問題はない。オンラインだと、患者さんの普段の生活が垣間見えたりするので、逆に対面以上の情報を得られるケースもある」と高評価する。

オンライン診療システムを導入する医療機関は急増している。国内には約10万の診療所と約8千の病院があるが、マイシンと医療機関の契約件数はこの1年間で2.5倍の約5千件となり、競合他社を抑えトップを走る。

一躍注目の起業家となった原さんが学んだのは筑波大学付属駒場中学・高校(東京・世田谷)。半数以上が東大に進学する全国トップクラスの進学校だ。しかし、ただの神童ではない。筑駒時代にはジャグリングにはまり、同好会を立ち上げた。先輩が大道芸人で数学者のピーター・フランクルさんと親しく、その影響でジャグリングを始め、外部の様々なイベントに出演、筑駒名物の文化祭では大衆賞も受賞した。

当時は「年を取っても楽しんでやれる仕事がしたい」と考え、アーティストも将来のキャリアの選択肢に挙げた。ただ、両親はそろって医師。父親は病理医で、母親は眼科医だ。悩んだ末、医学部受験を決めた。名門進学塾「鉄緑会」にも通い、2000年に東大理科3類に現役合格した。

注目記事
次のページ
実習で垣間見た医療現場の実態