4気筒復活 「Ninja ZX-25R」でカワサキがシェア倍増

川崎重工業(カワサキ)が2020年9月に発売したスーパースポーツバイク「Ninja ZX-25R」が、約4カ月で年間販売目標を超える5400台を受注し、同社の軽二輪シェアを倍増させた。13年ぶりに「250cc・4気筒エンジン」を開発し、大型バイク向けの機能を惜しみなく注ぎ込む高級路線で、シニア層と若者の両方を捉えた。その開発戦略を聞いた。
走行性能を重視した硬派なデザインのオートバイを多数ラインアップすることで、かつては「男カワサキ」と言われた川崎重工業。国内二輪車市場では、ホンダ、ヤマハ発動機、スズキに次ぐシェア4位が指定席だったが、「Ninja ZX-25R」(国内販売はカワサキモータースジャパン)が軽二輪(126~250cc)としては異次元の売れ行きを見せている。
1980年代のバイクブームが過ぎてから二輪車市場は縮小し続けていたが、排気量51cc以上の二輪車は、2010年以降は横ばいか緩やかに回復しているといえる。特に、車検が不要で維持費が比較的安いのに高速道路を走行できる軽二輪は人気で、20年1~12月の新車販売台数は前年比127.5%と伸長した。
しかし、それでも軽二輪の国内市場規模は年間6万~7万台で、年間2000~3000台売れればヒット商品といわれる世界。そこでNinja ZX-25Rは、発売後約3カ月で5400台を受注するという快挙をなし遂げた。しかも価格が82万5000円(税込み)からと、60万円前後が一般的な250ccクラスでは高額にもかかわらず好調なのだ。これにより、カワサキの20年9~12月の軽二輪シェアは14.2%と、前年同期の7.6%から2倍近く伸びている。
(注)「5400台」は、全国の販売店が21年3月末までの需要を見込んで発注した台数の総計で、20年12月までに納車した台数とは異なる。軽二輪のメーカー別シェアは「軽二輪車新車販売台数確報」(全国軽自動車協会連合会)を基にした日経トレンディ編集部調べ。
Ninja ZX-25Rは、サーキット走行なども視野に入れて走行性能を高めた「スーパースポーツ」というジャンルのオートバイになる。その最大の特徴はエンジンだ。250ccクラスのバイクでは13年ぶりとなる「4気筒」のエンジンを新開発した。通常のエンジン(レシプロエンジン)は、シリンダー(気筒)の中で燃料を燃焼させ、その圧力でピストンを動かして動力を得る。この気筒を4つ並べたのが4気筒エンジンだ。

エンジンの総排気量が同じ場合、気筒数が増えると高回転時の出力が増し、最高速度が上げやすくなる。また、振動が減るので乗り心地が良くなり、爽快で甲高いエンジン音も楽しめる。このため80~90年代には、ホンダ「CBR250RR」、ヤマハ発動機「FZR250R」、スズキ「GSX-R250R」、カワサキ「ZXR250」など、250ccクラスの4気筒バイク(以下250cc・4気筒)が数多く登場。いずれもレース用のバイクをイメージしたフルカウル(空気抵抗を減らすカバーのこと)を装備する「レーサーレプリカ」の製品で、当時の二輪業界ではブームを巻き起こした。また、レーサーレプリカブームが一段落した後も、カウルのない一般的なオートバイ(ネイキッドバイク)として、250cc・4気筒は一定の人気があった。
しかし、高回転・高出力を目的とした4気筒のエンジンは、排ガス対策がより困難となる。このため、06年に軽二輪と原付一種の排出ガス規制が強化(平成17年排出ガス基準)された後、07年に250cc・4気筒はすべて姿を消した。「当時の技術でも排ガス浄化装置にコストをかければ規制に対応できたが、バイク入門者が多く購入する250ccクラスとしては高額になってしまう。それでは十分な販売台数を確保できないと考えた」(川崎重工業)。

復活のカギは世界第3位のインドネシア市場
それではなぜ13年後に250cc・4気筒は復活できたのか。その背景には海外の二輪市場の伸長がある。特に同社が重視しているのが、インドと中国に次ぐ世界第3位の二輪市場であるインドネシアだ。19年の同国の二輪車市場は648万7460台と、日本(36万2304台)の10倍以上もある。しかもインドネシアは、インドや中国に比べて日本メーカーのシェアが高い国だ。カワサキも95年にジャカルタに生産工場を建設。現地での二輪車の輸入・販売も手掛けている。
(注)インドネシアの二輪車販売台数はインドネシア二輪車製造業者協会(AISI)の統計から。日本の二輪車国内販売台数は日本自動車工業会(JAMA)の資料から。

インドネシアの二輪車は大半が排気量100~150ccのスクーターだが、ここ数年で国民の購買力が向上したことにより、レジャー用のオートバイも売れるようになってきた。しかも排気量250cc以下のオートバイは、インドネシアで一番取りやすい二輪免許「SIM C」で乗車でき、ぜいたく品に課せられる奢侈(しゃし)品販売税がかからないので、ある程度の富裕層であれば購入可能な価格帯にできる。日本ではスーパースポーツバイクの入門者向けとして、インドネシアでは高級バイクとして開発することで、250cc・4気筒の復活の芽が出てきたというわけだ。
ただし、Ninja ZX-25Rは単に90年代の250cc・4気筒を復活させた製品ではない。開発に当たって同社は、「現在のお客様にも250cc・4気筒の胸のすくようなフィーリングを楽しんでもらいたい。そのためにどんなシチュエーションでもワクワクできるバイクを造る」(川崎重工業)ことを目指し、大型バイクに劣らない性能・機能を備える方針を立てた。
一般的に、小排気量の4気筒エンジンは、シリンダー1つ当たりのトルク(回転モーメント)が小さくなるので、低中速域での加速力は弱くなりがちだ。例えば交差点などでの減速後にスムーズに再加速をしたいといったとき、従来の250cc・4気筒は力不足を感じることもあった。これを新開発したNinja ZX-25Rの4気筒エンジンでは、燃焼室や吸気ポートの形状などを工夫することで、低中速域でもそれほどトルクが落ちないように改良。また大型バイクと同様に、心地良いエンジン音の調整にも時間をかけた。
さらに走行性能を高めるために、これまで600cc以上の大型バイクにしか搭載していなかった電子制御システムを250ccクラスで初めて搭載した。 具体的には、滑りやすい路面でエンジン回転数などを自動制御してタイヤの空転を防ぐ「トラクションコントロール」と、クラッチレバーを握らなくてもギアチェンジペダルを操作するだけでシフトチェンジができる「クイックシフター」の2つの機能だ。この「走行性能を追求する」という目的に沿って付けられた機能には、意外な2つのメリットがあった。

1つは、先進機能によって「コスパが高い」というイメージができたこと。これまでトラクションコントロールとクイックシフターを備えたカワサキのバイクで最も低価格だったのは税込み135万3000円の「Ninja ZX-6R」で、同クラスのバイクより40万円以上も高価だった。このため、Ninja ZX-25Rが19年10月に「第46回東京モーターショー2019」で先行展示されたときには、「100万円以上するのではないか」と予測する人がかなりいた。
しかし同社は、一部の部品を共通化することで、ある程度のコストダウンに成功。20年7月の発表時の価格は下位モデルで税込み82万5000円、上位モデルの「Ninja ZX-25R SE」でも税込み91万3000円に抑えられた。その結果、250cc・2気筒の「Ninja 250」(税込み64万3500円から)よりは高価なのだが、先進の電子制御システムが追加されていることで納得感を高めることができた。
また、そもそも加速・減速を効率よく行うために付けられたクイックシフターが、クラッチレバーを握ってシフト変更をするのが苦手なバイク初心者層にもマッチ。新しいエンジンで低中速域のトルクを改善したことと相まって、「スーパースポーツ型だが、街乗りでも運転しやすい」との評価を得られた。
注)Ninja ZX-6Rのクイックシフターはシフトダウンには使えないが、Ninja ZX-25Rのそれはシフトアップ・ダウンの両方ができる
正式発売までの10カ月間を埋めたYouTube
Ninja ZX-25Rは前述のように、発売の10カ月以上前となる東京モーターショー2019でお披露目された。通常、新製品の発表は早くても発売6カ月前で、これほど早く公表するのは異例だ。「かなり力を入れたモデルだったので、ベストな舞台で発表したかった。重要な市場である日本を発信元としたかったことと、海外へのアピールや注目度を総合的に考慮して東京モーターショーを選んだ」(川崎重工業 モーターサイクル&エンジンカンパニー 営業本部マーケティング部の神崎有哉氏)。250cc・4気筒を切望していた人がかなりいたこともあり、二輪車会場ではホンダ「CT125・ハンターカブ」と並んでトップクラスの注目を浴びた。

そこから正式発表の20年7月、そして発売の9月までにファンの期待を維持したのがYouTubeの動画コンテンツだった。単なるデザインや機能の紹介だけでなく、スーパーバイク世界選手権で6連覇中のカワサキ・レーシング・チームのドライバーがNinja ZX-25Rに試乗する映像など、工夫を凝らした動画6本を順次公開。21年2月時点で、すべての動画が2万回以上再生されており、35万回視聴を達成した動画もある。

開発当初、カワサキでは国内市場におけるNinja ZX-25Rのメインターゲットを「1980~90年代の『レーサーレプリカブーム』を知る50代前後。および既に好評だったNinja 250からのステップアップ組」(川崎重工業)と考えていた。しかし実際には、250cc・4気筒を初めて体験する20~30代のライダーがかなりの割合に上るという。YouTube動画によるエンジン音や走行の疑似体験が後押しとなり、想定以上に若い層を獲得できた可能性は高い。
これらの実績により、Ninja ZX-25Rは20年12月に「第3回 日本バイクオブザイヤー2020」の軽二輪部門で「最優秀金賞」を受賞。発売からわずか3カ月で、20年を代表するバイクとなった。
(日経トレンディ 大橋源一郎)
[日経クロストレンド 2021年2月17日の記事を再構成]
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