コロナワクチン基礎の基礎 なぜ効くのか、副反応は?
2021年2月、ついに新型コロナウイルスのワクチンが厚生労働省に承認され、まずは医療従事者への接種が始まった。本格的な普及を前に、2月9日に川崎市健康安全研究所長の岡部信彦さんがメディア向けに行った講演「ワクチンとは? コロナ禍において、いまいちどワクチンを学ぶ」(主催・日本製薬工業協会)から、ワクチンの基礎知識を改めて確認しておこう。
体内で抗体を作って発症を防ぐ
2月14日、厚生労働省は米ファイザー社が開発した新型コロナウイルスワクチンを特例承認した。これを受けて17日から医療従事者への先行接種がスタート。4月から高齢者への接種が予定されている。すでに厚生労働省では、ファイザー社から1億4400万回分、英アストラゼネカ社から1億2000万回分、米モデルナ社から5000万回分のワクチンを購入する契約を締結している。
あるウイルスに一度感染すると、体内でそのウイルスに対する免疫ができることで再びかかりにくくなる。ワクチンとはこの人体のメカニズムを利用したもので、感染症の病原体(ウイルスや細菌)に対する免疫をつけたり強めたりすることで、個人の発症や重症化、社会での感染症の流行を予防しようというものだ。
「1796年に英国の医学者エドワード・ジェンナーが世界で初めて天然痘の予防接種(種痘)を行いました。日本では1849年に佐賀藩が行い、1858年にお玉ヶ池の種痘所ができた。その後、予防接種が普及したことによって天然痘という病気は根絶されました。同じく、ポリオや麻疹(はしか)も日本ではほぼなくなっています」(岡部さん)
ご存じの通り、ワクチンを打てば絶対にその感染症にかからなくなるわけではないが、発症率が下がり、また、感染した場合でも重症化を防ぐ効果が期待できる。
例えば日本では年間100人ほど破傷風にかかる人がいるが、そのほとんどは活動量が少なく、野外でケガをしにくいはずの60代以上だ。この世代は子どもの頃に破傷風のワクチンを打っていないことが原因と考えられている。
メッセンジャーRNAワクチンとは?
従来のワクチンは大きく生ワクチンと不活化ワクチンとに分けられた。生ワクチンとは、ウイルスや細菌を培養する中で得られた毒性の弱いもの。不活化ワクチンは感染力をなくした病原体を使って作られる。同じ病原体でも、生ワクチンが生きた病原体を使うのに対し、不活化ワクチンは「死菌ワクチン」とも呼ばれ、死んだ病原体を使う点が異なる。
どちらを作る場合でも、まずは対象となるウイルスや細菌の培養から始めなければならない。「それにはたいへんな時間がかかる。そのため、今回の新型コロナワクチンの開発には新しい手法が使われました」と岡部さんは話す。
ファイザー社の新型コロナワクチンは従来の生ワクチンや不活化ワクチンとは違う「メッセンジャーRNAワクチン[注1]」と呼ばれるタイプだ。
新型コロナウイルスは表面にスパイクたんぱく質という突起がついていて、これが人の細胞に侵入するカギになっている。今回承認されたメッセンジャーRNAワクチンを接種すると、体内でこのスパイクたんぱく質に対する抗体が作られ、ウイルスが細胞の中に入れなくなる。
メッセンジャーRNAとは、細胞の中でアミノ酸からたんぱく質を組み立てるための設計図。ワクチンを接種すると、スパイクたんぱく質を作るメッセンジャーRNAが免疫細胞である「マクロファージ」に取り込まれ、スパイクたんぱく質に対する抗体が作られるというわけだ。生きたウイルスを体内に入れるわけではないので感染症の症状が起こる危険はないし、メッセンジャーRNAは1週間程度で自然に消えるのでヒトの遺伝子に影響を及ぼす可能性もなく、安全性は高いという。
[注1]メッセンジャーRNAは「mRNA」とも表記される。新型コロナワクチンには、メッセンジャーRNAワクチンのほか、「ウイルスベクターワクチン」も開発されている。ウイルスベクターワクチンは、ほかのウイルスの中に遺伝子を組み込んで、それをワクチンとして使う方法。英アストラゼネカ社のワクチンはウイルスベクターワクチンだ。
これまでに報告された「副反応」
新型コロナのワクチンは、これまで70カ国で約1億5000万回接種された実績がある。4万3448人が参加した治験によると、発症率が95%低くなることが確認された。これは、発症率が20分の1にまで抑えられた計算だ(N Engl J Med. 2020;383(27):2603-15)。この予防効果はほかの病気のワクチンと比べても高い。対象は16歳以上で、3週間空けて2回接種することになっている。
効果は確かだとしても、多くの人が気にしているのは「副反応」だろう。岡部さんによると「どんなワクチンにも副反応はあり、平均して10万回に1回程度の割合で入院を要するような重篤な副反応が起こる」という[注2]。
[注2]厚生科学審議会予防接種ワクチン分科会副反応検討部会資料によると、医療機関から重篤であるとして届けられた副反応疑い例(有害事象)は、一部の特殊なワクチンを除き、だいたいのワクチンにおいては平均すると10万接種あたり1前後の数字になる。
特に日本では1970年代以降、ワクチン接種によって脳炎や髄膜炎など深刻な副反応が起こり、国に対する訴訟が相次いだ過去があり、ワクチンの副反応を心配する人が多い。1994年には予防接種法が改正され、接種は「義務」から「勧奨」へ、「集団」から「個別」接種へと変わった。
「もちろん新型コロナウイルスのワクチンにも副反応は報告されていますが、今のところ急性の副反応で重篤なものは起きていません」(岡部さん)
米疾病対策センター(CDC)の発表によると、接種から1週間以内に起きた急性の副反応で最も多かったのは「接種部の痛み」で67.7~74.8%。以下、「だるさ」(28.6~50.0%)、「頭痛」(25.6~41.9%)、「筋肉痛」(17.2~41.6%)と続いている。なお、アナフィラキシー(急性のアレルギー症状)が起きる割合は20万人に1人だった。
ファイザー社の新型コロナワクチンを2回接種後、1週間以内に起こった副反応
正しい情報を集め、冷静に判断しよう
ワクチンで副反応が起こる原因として、WHO(世界保健機関)は「ワクチン成分に対する反応」「製造上の欠陥」「接種手技(方法)の誤り」とともに、「予防接種に対するストレス反応(ISRR=Immunization Stress-Related Response)」を挙げている。これは、(1)生物学的要因(2)心理学的要因(3)社会的要因――の3つの要因が組み合わさって心身の不調が起こること。年齢や体格などの条件が違うので、(1)の生物学的要因で不調が起こることがある。(2)は注射針への恐怖心や、薬に対する漠然とした不安などが影響するということ。(3)はソーシャルメディア(SNS)などからのネガティブな情報による影響のこと。これらが組み合わさって接種前後含めていろんな不調が起こるのは、医療者自身も理解しておかねばならないという。
「SNSでの噂などもISRRを広げる要因になる。ワクチンの不安や恐怖をやわらげるには、正確で丁寧な説明が必要です。日本ではワクチン接種は義務ではないので、打つのを嫌がる人に強制すべきではありませんが、正しく判断してもらうには正しい情報を提供しなければいけません」(岡部さん)
CDCが発表した新型コロナワクチンの副反応にしても、「半数以上に副反応が起こる」とも読み取れるし、「深刻な副反応はほとんど起こらない」とも解釈できる。重症なアレルギー反応である「アナフィラキシー」が起こる確率は極めて低いとはいえ、ゼロではないことも確かだ。
春以降、高齢者、その後、基礎疾患がある人に対して接種が行われることになる。今のうちに予防効果(ベネフィット)と副反応(デメリット)のバランスをじっくり考え、接種について自分なりの結論を用意しておきたい。
(文 伊藤和弘、図版 増田真一)
川崎市健康安全研究所 所長。1971年、東京慈恵会医科大学医学部卒業。米バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員、神奈川県衛生看護専門学校附属病院小児科部長、WHO西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長などを経て、2000年に国立感染症研究所感染症情報センター長に就任。内閣官房参与(感染症対策担当)、新型コロナウイルス感染症対策分科会委員なども務める。
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