「THE FIRST TAKE」曲の集録は一発撮り、緊張感が魅力
LiSAの『紅蓮華』9017万回、DISH//北村匠海の『猫』8044万回―― 様々なアーティストたちの一発撮りの歌唱動画で、人気を集めるYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」(以下、TFT)。2019年11月の開設以来、99本の動画がアップされ、総再生数は6億2000万回を突破、登録者数は292万人にのぼる(20年12月16日時点)。

昨年はTFT発の大ヒット曲も生まれた。20年6月にアップされた前述の『猫』は、18年発売の楽曲にもかかわらず、ビルボードの「年間ストリーミングチャート」20位に入り、作品を原案にした連続ドラマも11月から放送された。
今やヒット曲の新たな震源地となったTFTだが、このチャンネルが生まれた背景には、近年の日本の音楽シーンの変化が影響している。TFTの運営スタッフは、「海外の流れを受け、音楽を聴く手段が、Apple Music、Spotify、LINE MUSICなどの音楽ストリーミングサービスに移行するなか、地上波にはない音楽コンテンツをYouTubeで作りたかった」と明かす。
そこで、企画・クリエイティブディレクターとして、数々の世界的な広告賞を獲得する、清水恵介氏を起用。共にプランを練っていくなかで生まれたのが、"一発撮りで音楽と向き合う"というコンセプトだ。清水氏は、「音楽に最も集中して向き合える場所を作り、そこでアーティストの今という瞬間を切り取ることができれば、かつてない没入感のある映像を視聴者に届けられると思った」と語る。
TFTでは、"音"と"映像"に相当のこだわりを見せる。まず音質では、ボーカル用のマイクに、レコーディングで使われるコンデンサーマイクを使用。ブレスの1つひとつから、服がこすれる音まで拾える超高音質で録音する。さらにボーカルが立つ音像設計にし、目の前で歌っているかのような臨場感を生み出している。
映像は、解像度の高い4Kのカメラで撮影。しかも音楽に集中できるよう、背景は白バックにし、マイクのコードなども可能な限り目につかない配置にする。
動画の構成のこだわりとして、「僕らは基本、演出はしません。定点カメラが置かれた無人のスタジオにアーティストが入るところから撮影し続けていて。彼らがパフォーマンスの前にストレッチをしたり、発声練習をするといった、各自のルーティンも収録することで、視聴者がより感情移入しやすいようにしています」(清水氏)。
自粛期間に登録者が急増
転機を迎えたのは、昨年春の緊急事態宣言後のタイミング。4月から夏にかけて一気に登録者数が100万人以上増えたそうだ。「ストリーミングチャート上位に入ってきたYOASOBIをはじめ、優里、Rin音などのフレッシュなアーティストが出演してくださり、話題となりました。緊急自体宣言下も、新しいコンテンツを絶え間なく生み出し続けていたことが大きかったと思います」(TFT運営スタッフ)。
さらに3密を防ぐため、TFT内に『THE HOME TAKE』という新たなブランドを立ち上げ、アーティストの家や自宅スタジオに機材一式を送り、歌ってもらう取り組みも行っていたそうだ。
日本トップクラスのYouTubeチャンネルに成長しただけに、アーティストからの問い合わせは増加の一途だという。では、出演者を選ぶ基準は一体何なのだろうか。「様々なデータを参考にさせていただいていますが、特にストリーミングの再生数の推移ですね。さらにYouTubeの特性も踏まえ、海外でどれだけ聴かれているのかも重要視しています」(TFT運営スタッフ)。

TFTで話題となるアーティストの傾向も見えてきたという。それは、"真摯に歌と向き合う姿勢"だ。「DISH//の北村匠海さんは、まさにその代表例。それまでDISH//はアイドルとしてのイメージが強かったと思うんです。ただ、マイクの前で北村さんが『猫』を歌い上げた瞬間、アーティストとして改めて認識されていくと確信しました。音楽との向き合い方まで映し出す、ドキュメンタリー性も特徴の1つです」(TFT運営スタッフ)


今後、TFTはどのようなアーティストを輩出していくのだろうか。昨年12月に出演した折坂悠太とyamaに共通するのは、"アーティスト性の高さ"だ。「共に圧倒的な歌声に加え、唯一無二のスタイルを持っている。まさに視聴者が没入してしまう存在だと思います」(TFT運営スタッフ)
TFTは現在、オンラインフェス「THE FIRST TAKE FES」の開催や、ラジオ番組「THE FIRST TAKE MUSIC」(J-WAVE)も始めるなど、多方面へのプロジェクト展開を進める。
新人発掘オーディションも
そんななか、20年11月には新たな発表を2つ行った。1つは配信専門レーベル「THE FIRST TAKE MUSIC」の設立。そして、もう1つが一発撮りオーディションプログラム「THE FIRST TAKE STAGE」。新人発掘にも乗り出し、優勝者にはTFTの出演権と、先のTFTレーベルからのリリースが約束されているという。「歌唱力はもちろんのこと、ここだからこそ伝わる存在感や言葉の力なども、選考基準にしています」(清水氏)
今後は、グローバル展開も見据えている。「実はチャンネル登録者の30%は海外なので、アジアや欧米のアーティストにも出演していただこうと計画しています。また海外では、日本のアニメ主題歌が日本語そのままで受け入れられてもいるので、さらにTFTを通して、海外でも広く聴かれるアーティストの作品を数多く生み出していきたいと考えています」(TFT運営スタッフ)
(ライター 中桐基善)
[日経エンタテインメント! 2021年2月号の記事を再構成]
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