卵なら日本産、肉ならフランス産 奥深いウズラの魅力

ボンジュール! パリからお届けする「食の豆知識」。さて、冒頭の写真。これは一体なんでしょう? おもちゃ? それともチョコレート? 正解は「ウズラの卵」。筆者が昨年4月のイースター(キリストの復活祭。卵の殻に色を塗ったり飾りを施したりして楽しむ風習がある)に先立ち、ウズラの卵をゆでてカラフルに調色してみたものだ。
日本の食シーンでは、八宝菜やかた焼きそばのあん、串カツ、お弁当のおかずなどで見かけることの多い、ウズラの卵。その控えめな存在感から、あまり意識したことのない人も多いだろう。しかしこの小さな脇役、一般的なニワトリの卵がただ小さくなっただけではない。たくさんの可能性を秘めた、世界が日本に熱視線を送る食材の一つなのだ。

ウズラは、ニワトリ同様、キジ科に属する鳥の一種だ。「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」で同重量あたりのウズラの卵と鶏卵の栄養価を比較すると、ウズラの卵はビタミンA、ビタミンB12、葉酸などが豊富で、特に神経および血液細胞を健康に保ち、DNAの生成を助ける効果があるといわれるビタミンB12は、鶏卵の約5倍も含まれている。
また、ニワトリと同様、ウズラはその身も食されており、世界市場では「肉を取るならフランス製・卵を採るなら日本製」とも言われているらしい。筆者が暮らすフランスにおけるウズラといえば、「ジビエ(狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉)」の一つとして、夏が過ぎると精肉店のショーケースにハトやウサギなどとともに毛をむしられた状態でずらりと並ぶ。かなりグロテスクな様相なのだが、ジビエが並び始めると同時に秋冬の訪れを感じるものだ。
なぜ、ウズラの「肉」といえばフランスなのか。日本で初めてフランス産のウズラ生体を輸入し、飼育・加工・販売している、モトキ代表取締役の本木裕一朗さんに聞いてみた。

「個人的見解ですが、可食部の量ではないかと思います。フランスでは、ウズラは主に食肉用として飼育され、一般的に小バト~ハトぐらいの大きさで体重は約250グラムほど。一方、日本のウズラは主に採卵目的で飼育され体長約15センチ、体重約150~180グラム。フランス産は生後約6週間で出荷されるようですが、その時点ではまだ筋肉が十分に発達しきっていないので、肉が軟らかく、可食部が100グラム以上取れるのに対し、日本産は小骨が多く可食部があまりありません」
しかし、関西ではウズラのつみれ汁が伝統食であり、焼き鳥で甘じょうゆダレにつけ焼きにしたり、唐揚げにしたりと、日本のウズラも捨てた物ではないと言う。

では、日本のウズラ産業はどれほどのものか、どこがその産業を担っているのか。調べてみると、2018年度の産出額で約7割と圧倒的シェアを誇るのが愛知県だった。中でも、ウズラの飼養数が半数以上を占めるのが、豊橋市だ。日本で唯一のウズラ専門農協「豊橋養鶉(ようじゅん)農業協同組合」まであるという。
豊橋市はもともと養鶏業が盛んという背景に加え、飼育に適した温暖な気候、東京・大阪の二大市場の中間という地の利がある。そんな好条件に恵まれ、豊橋地方でウズラが飼われるようになったのは1921年ごろからだという。
「第2次世界大戦で一時衰退したものの、戦後『スズケイ』という豊橋の個人商店が東京からペットとして飼育されていたウズラを分けてもらい、上手に交配させて優良なウズラを品種開発したところ、全国から引き合いが殺到したそうです。ウズラは飼育規模は小さくて済む割に、卵が高く売れてすごく儲かったからです。これが豊橋のウズラ産業本格化のきっかけだったようです」と、豊橋養鶉農業協同組合品質保証室の葛山貴之さんが説明してくれた。
なお、戦中からブラジルや東南アジアにも輸出されるようになったという。特に日本からの入植者の多いブラジルで養鶉業が発展しているのは、その表れかもしれない。「採卵用としてウズラを大規模飼育するようになったのは日本が初めてで、海外では日本で採卵用に品種改良された『Japanese quail(ジャパニーズ・クエイル)』という品種のウズラが多く飼育されています」(葛山さん)

こうして日本で生まれた採卵用のウズラは、生物分類として独立種の名前まで与えられ、世界へ羽ばたいている。ただ、世界的には中国やタイなどのアジアや南米地域に大きな採卵用ウズラの市場があり、日本の市場はこういった国には及ばないという。それでも、こうした市場の大きな国々から日本の養鶉農家・企業に研修生が訪れたり、問い合わせを多く受けたりするのだという。
なぜかというと、理由は「日本の養鶉業界が培った歴史と文化の深さ」にあるという。研修生は海外からやってくるすし職人のようなもので、「日本ですしの修業をした」という実績を作れば、相手(顧客やビジネスパートナー)の見る目が変わる。それと同じ価値が「日本で養鶉を学ぶ」ことにあり、「ウズラは日本の食文化」というイメージが海外のウズラ消費大国の人々の間に伝わっているのだ。
日本のウズラは、もはや日本の食文化を代表するブランドの一つ。豊橋市は養鶉業を通じて、養鶉業を学ぶ多くの人々、海外研修生たちへ門戸を開き、世界へジャパン・クオリティーを広めている。
最後に、筆者がウズラの卵に対して抱いていた長年の疑問を、葛山さんにぶつけてみた。ズバリ、恐竜の卵をほうふつとさせるようなあの殻の模様はなぜできるのか? そして、あの模様自体に何か意味があるのか?

「あの模様は、血液です。ウズラの卵の産卵前は無地ですが、産卵される1~2時間前にポルフィリン色素により"印刷"されます。白い卵の通過の状態、音、光などの外部からのストレスなどにより多少変化はしますが、ウズラ内部の印刷プリンターの模様は同じであるため、同じ鳥からは同じような卵が産卵されます。また、ウズラは本来野鳥であり卵を草むらの根元に産卵するために、外敵から身を守る保護色として模様がついていると考えられています」(葛山さん)
なんと、あの柄の正体は、血液だったのだ! ウズラによって柄が違うが、個体による柄は同じということは、卵の柄からウズラが判明できるという、まるで人間の指紋判定のようなこともできるのかもしれないと思うと、何だかわくわくする。
豊橋市では、ウズラの卵の殻を使ったユニークな商品開発も行っている。それが、ウズラの卵の殻を肥料にして育てたサツマイモ「うずらいも」だ。

豊橋市産業部農業企画課の白藤謙一さんは「うずらいもは、浜松市のうなぎいも協同組合さんが、浜松名物であるウナギ養殖の残さ(うなぎの食べられない頭や骨のこと)を堆肥としてサツマイモ栽培をされていることを参考に、豊橋市オリジナル商品として2019年度から生産を開始したもの」と話す。ウズラの卵の殻に含まれるカルシウム成分が、うずらいもの甘味に寄与するのだという。
ウズラの卵の殻(水分を含む)は、豊橋養鶉農業協同組合から無償で提供を受けて生産者は自ら天日乾燥し、それを堆肥として使用しているとのことで、環境面にも優しい。そしてこのうずらいも、なんと東南アジアで大人気とのこと。マレーシアでは5年ほど前からサツマイモブームが到来し、現在も続いている。
マレーシアへのうずらいもの輸出は2019年度からスタートし、初年度は約1.3トン、2020年度は倍増を見込めるほど人気を博している。「自然な甘みが人気で、こだわりの栽培方法やPRキャラクター『うずも』もその人気に拍車をかけています」(白藤さん)という。
このように、ジャパニーズ・クエイルとしてさまざまな形で世界にはばたく日本のウズラ。日本では、スーパーでウズラの水煮、そして今では、コンビニなどで酒のつまみとして真空パックのウズラの卵の薫製なども簡単に手に入る。肉より卵党の筆者としては、コロナ禍で日本に里帰りできない今は、羨ましい限りだ。せめて、今年もイースターに向けて、ウズラの卵にカラフルな調色を楽しむとしよう。

(パリ在住ライター ユイじょり)
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