「ただの冗談」は笑い事で済まない

事実関係の誤認や、勝手な決めつけ、意図的なミスリードなど、ファクトにからむ軽率な発言は、トランプ氏の数ある「悪い癖」の中でも、とびきりにたちが悪い。聞き手の判断を惑わせ、まっとうな議論を邪魔するからだ。

トランプ氏は以前からうそを操っていた。たとえば、バラク・オバマ元大統領に対しては、国籍や出生地について、根拠の乏しい疑惑を投げかけ、「大統領になる資格がない」という虚偽の主張を重ねた。同様の疑念はカマラ・ハリス副大統領にも示し、「人種差別的」という批判を浴びた。

まともなビジネスリーダーがわざとうそをばらまくはずはないが、裏付けの不十分な発言を犯してしまうケースはあり得る。売り上げが減った理由を、十分な根拠を伴わないまま、部下の働きぶりに結びつけるような物言いは、リーダーの見識を疑わせるだけではなく、チームの一体感や考課者としての妥当性まで傷つけてしまうだろう。当て推量は避けて、丁寧に原因を探る態度をみせれば、改善につながる糸口を見いだしやすくなるはずだ。反知性主義はチームの敵でもある。

トランプ氏の轍(てつ)を踏まないよう、気をつけたいのは、大事な場面で、無用の軽口をたたくことだ。大向こう受けを狙いたがるトランプ氏は、記者会見の席で、ジョークめかした発言を好んだ。しかし、実際には笑えない暴言・放言が多く、論議を呼んだ。踏み込んだ表現を大胆に操るのが「大物」らしい振る舞いだと誤解しているかのようにもみえた。

日本でも議論の場で、上席の者がことさらに冗談っぽく、きわどい発言に走ることが珍しくない。「いっちょ、A君に~でもやらせてみるか」といった言い方だ。しかし、こういった言動は単に不作法なのであって、大物感の演出に役立つわけではない。このあたりを誤解している「えせビッグマン」は考えを改めたほうが賢明だ。

姿の見えにくい「どこかの誰か」の意見を引用するような形で、根拠の薄い主張を述べるのも「トランプ話法」の十八番だ。トランプ氏の場合、いわゆる「陰謀論」からの受け売りが多く、彼の引用発言がさらに偏った見方を助長するような「虚構のスパイラル」が起きた。

リーダーは引用と持論を分けて述べるべきだ。「どこかで読んだ」「小耳にはさんだ」程度の根拠でチームを動かすのは、ゆがんだ形で影響力を行使することになりかねない。むしろ、「自分はこう思う」と、主語をはっきり引き受けたほうが対話を進めやすくなる。

信頼を損なう言動の筆頭格に挙げられるのが自分に都合のいいダブルスタンダードだ。トランプ氏は国民にはマスク着用を促しながら、「自分はやらないと思う」と言い放った。他人には国籍や家系に関わる文書の公表を求めながら、自分は納税書類を隠し通す。こういった二枚舌的な振る舞いは、国民の間に不信の種をまいただろう。

議事堂への乱入事件では、自分が間接的に扇動しておきながら、世論の批判を浴びて、風向きが悪いとみると、態度をひるがえし、乱入者を非難した。あからさまに裏切られたことを受けて、これまで踊らされてきたと気づいた人たちはトランプ批判に転じ始めたようだ。

数々の言動を振り返ってみると、トランプ氏に足りなかったのは、正直さやいさぎよさといった、人格の本質的な部分だったように思える。物議を醸した発言は、それらの「不在」が如実に表れただけであって、言葉尻を改めれば済むという話でもない。

ただ、すべてのリーダーに高いレベルの高潔さを求めるのはやや無理がある。だから、せめて人前での物言いぐらいは節度を保ってもらいたいと思うわけだ。トランプ氏という「悪いお手本」を得たことによって、これからは「ああなっちゃいけない」と心掛けやすくなった気がする。

攻撃的な口調や、あざけり、嫌みなどは、長い目でみれば、発言者の底の浅さを印象づけ、信頼を失墜させる。一時はあれだけの人気を得ながら、2期目を迎えることがかなわず、逆に2度目の弾劾訴追を受けたトランプ氏はこの分かりきった教訓を、強烈にリアルなイメージを伴う形で、あらためて証明してくれた。これこそが彼の残した「レガシー(遺産)」ではないだろうか。

※「 梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4水曜掲載です。


梶原しげる
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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