幸せになれない
心の豊かさを求める時代へ
――コロナ禍で社会が急激に変化する中、心穏やかに過ごせる場所を求める人はますます増えていくように思います。枡野さんは、コロナ禍は人々の暮らしや価値観にどんな影響をもたらすと考えていますか?
在宅勤務やテレワークが浸透し、働き方は大きく変わると思いますが、最も大きいのは価値観の変化ではないでしょうか。これまで私たちの社会は、物質的に豊かになれば幸せになれるという、いわば「米国流の幸せの方程式」に乗っかってきた部分があると思います。
しかし、コロナ禍でこれまで当たり前だった日常が奪われ、自分自身や家族と向き合う時間を持てるようになる中で、多くの人が改めて、「心の豊かさ」の重要性に気付いたのではないでしょうか。
国連は15年に、SDGs(持続可能な開発目標)を採択しました。そこに掲げられた17の目標は、物質的な豊かさを追求してきたこれまでの社会構造や産業構造、価値観を変えることなしには達成し得ないものです。日本では、コロナ前は積極的な取り組みは見られませんでしたが、ウィズコロナになってからはSDGsやESG(環境・社会・企業統治)といった言葉を新聞でも頻繁に見かけるようになり、取り組みもどんどん進んでいます。こうした流れは、コロナ収束後も元には戻りません。人々の価値観はコロナ前と大きく変わってくるでしょう。
――先を見通せない変化の時代を生きるために、どんなことを意識したらいいでしょうか。
「即今(そっこん)、当処(とうしょ)、自己(じこ)」という禅語を知ってほしいと思います。「今この瞬間に、自分がいるこの場所で、できることをやる」という意味です。未来は不確実かつ不透明なものでしかなく、先のことをあれこれ考えて不安を感じたり、悩んだりしても何もいいことはありません。私たちにできるのは、「今ここ」を精いっぱい生きることだけなのです。
また、物事にとらわれない柔らかな心を持つことも重要です。禅の言葉では「柔軟心(にゅうなんしん)」といいますが、柔軟な心で、色々な方向から物事を見つめながら、今自分がやるべきこと、大切にすべきものは何かをじっくりと判断していくといいでしょう。
人生にはいい時も悪い時もありますが、常に「今ここ」を自分らしく前向きに生きようとすることが、人生を豊かに、そして面白くしてくれるのではないでしょうか。
枡野俊明著/光文社/900円(税別)

1953年生まれ。大学卒業後、曹洞宗大本山總持寺で修行。2001年から横浜市にある曹洞宗徳雄山建功寺の住職を務める。禅の思想と日本文化に根差した「禅の庭」を創作する庭園デザイナーとしても活躍。カナダ大使館やセルリアンタワー東急ホテルの日本庭園、ドイツ・ベルリンの日本庭園「融水苑」、中国・深圳のテンセントの屋内庭園など、国内外で数多くの庭園づくりを手掛ける。多摩美術大学環境デザイン学科教授。『禅、シンプル生活のすすめ』『心配事の9割は起こらない』など著書多数。
撮影/大沼正彦 取材・文/佐藤珠希
[日経マネー2021年1月号の記事を再構成]