2021/2/3
オスのカイコガの触角には、メスのフェロモンを感知する受容体がある(PHOTOGRAPH BY FABIO PUPIN, MINDEN PICTURES)

においによる合図は水中でも有効だ。魚や甲殻類も嗅覚を発達させているため、フェロモンを感知できる。

アメリカン・ロブスターは巣の中で交尾する。ボス的な存在のオスは尿に含まれるフェロモンを利用してメスを巣に呼び込む。

一方、哺乳類の体の化学反応や行動はもっと複雑なので、フェロモンなどのにおいの合図に対する反応を評価するのは難しい。

ブタ、イヌ、ウマなどの家畜や、マウスなどの飼育された動物には、においの合図やフェロモンに反応するものもいることがわかっている。具体的には、鼻の奥にある感覚神経から脳の「辺縁系(感情や記憶をつかさどる脳の基本部位)」に行動を促す信号が送られる。

たとえば、実験でよく使われるマウスは社交的な生きもので、上下関係などのさまざまな情報を、尿に含まれるフェロモンによって伝達している。群れの中で力のあるオスほど、その地位を示すためにより多くの尿タンパク質を排出し、それがメスを引きつける。

においでメスを魅了するワオキツネザル

野生動物でもフェロモンやにおいの合図に関する研究は行われている。その一例が、マダガスカルに生息するワオキツネザルだ。

ワオキツネザルは主に樹上で生活する霊長類だ。オスは手首や肩の臭腺から出る分泌物を尾にこすりつけ、においをメスに送ってアピールする。米デューク大学のクリスティーン・ドレア氏のグループは、その分泌物中に含まれる物質を122種類発見した。

においの分析は日本の東京大学でも行われ、オスのワオキツネザルの分泌物に含まれるにおいの成分のうち、アルデヒドと呼ばれる3種類の新しい物質を特定した。オスだけが発するこのにおいを、メスがより長く嗅ぐこともわかった。論文は2020年4月に学術誌「Current Biology」に発表されている。

「驚いたのは、この研究でメスが興味をもって嗅ぐと特定されたにおいが人間にとってもいい香りであったことです。果物や花のような香りです」と、東京大学の生物化学者で論文の共著者である東原和成教授は述べている。

東原氏によれば、このにおいを性フェロモンと見なすには、ワオキツネザルだけに効果があり、そのおかげで交尾成功率が高まることを示す必要がある。それが実証されれば、霊長類の性フェロモンが初めて見つかったことになる。

ワイアット氏によれば、人間も優れた嗅覚を持っているが、人間に性フェロモンがあるという科学的なコンセンサスはとれていない。人間は哺乳類なので、においを他の情報としてコミュニケーションに使っている可能性が高い。たとえば、においで感染症や病気になった人を検知し避けることも、その一例として考えられる。

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ホルモンも「におう」
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