日経ナショナル ジオグラフィック社

新基準が定着するまでの長い道のり

1795年までに、サヴァンたちはこの数値を基礎においた全く新しいシステムを作り上げた。メートルが長さ、グラムが質量、そしてリットルが体積に用いられることとなった。

天文学者ジャン=バティスト・ドランブル(イラスト)とピエール・メシャンは、病気やフランス革命で横行する暴力に苦しみながらも、メートルの基準となるダンケルク-バルセロナ間の子午線弧の長さを計測した(ALBUM)

1799年12月10日、フランスでメートル法が公式に採用された。しかし、政府が宣言するのと実際に活用されるのとは別の話である。人々は慣れた計測法を用い続けた。新しい方法で商品に値付けをするにあたっても、売り手は自分が得をするように数字を切り上げたため、新システムに対する一般市民からの評判はますます下がっていった。

1799年に権力の座についたナポレオン・ボナパルトは、「些末(さまつ)なことで民衆を苦しめている」として、メートル法に関しては微妙な立場を取っていた。1812年、相変わらず古い単位に基づいた商取引が続く中、ナポレオンはメートル法と伝統的な方法の折衷である「メジュール・ユジュエル(慣習的な計測法)」を導入した。たとえば、トワーズに50センチほどを加えて新しい「慣例上のトワーズ」を定め、メートル法における2メートルに相当するようにしたのだった。

1814年の春にナポレオンが失脚すると、公式に定められたメジュール・ユジュエルではなく、革命前の古い計測法が再び用いられるようになった。

一方、メートル法は誕生の地フランスではなかなか受け入れられなかったものの、他国では採用が進んでいった。1820年には初代オランダ王ウィレム1世が公式に採用を宣言。10年後に独立したベルギーもこれを保持した。また、ルクセンブルクもメートル法に切り替えるに至った。

1837年になると、フランス革命の遺産をぜひとも取り入れたい新フランス王ルイ=フィリップ1世が、伝統的な計測法と慣習的な計測法をいずれも廃止し、近代化を推し進める策の一つとして改めてメートル法を復活させた。

最終的にメートルが世界の標準的単位となったのは、法によって定められたからではなく、教育、科学、輸送、そして商業が広まったためだ。最初の施行から200年以上を経た今日、メートル法を公式に採用していない国は3カ国のみとなった。ミャンマー、リベリア、そして米国である。

(文 VLADIMIR LOPEZ、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月29日付の記事を再構成]

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