免疫機能を低下させる要因と自分でできる対策

アスリートのコンディショニングの研究によって、高強度の運動以外にも、免疫機能を低下させる要因が分かってきたという。

高地滞在、長時間の飛行機による移動

11人のクロスカントリースキーヤー男女を対象に、標高2500~3500メートルの高所滞在を模した低酸素環境でトレーニングを行うと、1200メートルで行ったときよりもSIgA濃度が低下した[3]。「低酸素環境は交感神経を高め、免疫細胞の働きを低下させると考えている」(清水さん)。また、ジュニアスピードスケート選手7人を対象にした研究で、10時間ほどの飛行機移動によって唾液量、SIgA濃度・分泌速度がいずれも有意に低下することが確認されている[4]

「気圧の低さによるSIgA分泌の低下、湿度の低さによる粘膜の乾燥が進むので、マスクや水分補給で粘膜の保湿を行うことが大切。また、時差の影響で体内時計がずれることによる免疫系への影響については現在研究中」(清水さん)。

食事・水分摂取制限と発汗による脱水

「アスリートが行う減量では、食事や水分摂取の制限、発汗による脱水を行うが、食事制限によって必要な栄養素が不足すると免疫細胞が正常に機能しなくなる。脱水も免疫機能の低下を招く」(清水さん)。6人の柔道選手が2週間の減量を行ったところ、病原体に感染した細胞を殺すT細胞の機能が低下[5]。また、トップレベルのレスリング選手が1週間の減量を行ったところ、唾液SIgA分泌速度の低下が認められた[6]

月経周期、閉経の影響

長距離ランナーの女性21人で粘膜免疫機能と上気道感染症リスクを調べた研究では、無月経のランナーは正常な月経のランナーに比べて女性ホルモンのエストロゲン濃度と唾液中のSIgA分泌速度が有意に低く、上気道感染症の発症頻度が高かった[7]

「エストロゲンは唾液分泌の調整に関わる。月経周期の中では排卵後の黄体期初期に、また閉経後にもSIgA濃度が低下することが分かっている」(清水さん)。

これらのリスクの中には、回避しにくいものもあるため、免疫低下の予兆となるサインや自分でできる対策を知っておきたい。

対策1 疲れや口の渇きに注意する

「疲れが抜け切らない、眠りが足りないと感じるときは、意識して休養を取りたい。疲労感が高まるときはSIgAが低くなることが分かっている」(清水さん)

また、慢性的に緊張状態が続くことによる心理的ストレスも免疫低下リスクとなる。「交感神経が優位な状態になると口が渇く。唾液には、SIgAの他、病原体を攻撃する抗菌ペプチドのディフェンシンなども含まれる。唾液量の減少は粘膜免疫低下の重要なサイン」(清水さん)。

対策2 リラクゼーションで副交感神経を有意に

「マッサージやはり治療、ヨガ、入浴は、いずれもリラクゼーション作用があり、副交感神経を優位にして免疫機能を高める」(清水さん)。清水さんは、高強度運動によって低下したSIgA分泌速度がはり治療によって回復することを確認している(グラフ)。

12人の健康な男性(平均年齢23.6歳)が最大酸素消費量の75%で自転車こぎ運動を60分間行い、運動後に30分間のはり治療をして休憩したときとはり治療なしのときで粘膜免疫に差があるかを調べた。するとはり治療を行ったときは、唾液中のSIgA分泌速度に有意な改善が見られた。(データ:Acupunct Med. 2010 Mar;28(1):28-32.)

対策3 免疫維持に役立つ食品やサプリメントの摂取は大切なイベントの1カ月前から始める

粘膜免疫維持への寄与が期待できる食品成分もある。特に、研究データが多いのは乳酸菌類だ。清水さんは、あまり活動的ではない高齢の男女で効果を調べたことがある。57人を12週間中等度の筋トレ+乳酸菌b240を含む飲料を飲む群と、筋トレ+乳酸菌が入っていない水を飲む群の2つに分けて唾液中のSIgAの変化を見たところ、前者ではSIgAが有意に上昇していた[8]。また、大学生のラグビー選手67人が乳酸菌MG2809を摂取したところ、SIgA分泌速度が上昇し、風邪罹患率と疲労感が低下したという研究もある[9]

「これまでの研究結果を踏まえると、効果が検証された乳酸菌を重要なイベントの1カ月前くらいからとり続けることで、粘膜免疫が整い、感染症の罹患リスクを下げることが期待できる」(清水さん)。

また、太陽の紫外線を浴びることで体内において生成され、食品では魚に多いビタミンD値は免疫の維持に不可欠だとして世界的に話題になっているが、このビタミンの血中濃度の高さが粘膜免疫と相関するという報告がある。

訓練期間中の米国海兵隊新兵149人に、1日に25μg(1000IU)のビタミンDを12週間投与したところ、血中ビタミンD血中濃度が高まった人ほど唾液中のSIgA分泌速度が増加していた、というもの(グラフ)。厚生労働省が定める2020年「日本人の食事摂取基準」では、成人男女の1日当たりのビタミンD摂取目安量が8.5μgとされているので、この試験で投与された1日量はその約3倍。一方、米国とカナダでは成人男女のビタミンD推奨量は1日15~20μgなので、25μgはやや多めの量ということになる。「ビタミンDは、免疫低下を避けたい時期を前に1日25μg程度とるとよい。上限量(日本では成人で1日100μg)は超えないようにする」(清水さん)。ある程度の量を毎日取るときはサプリメントが便利だ。

訓練期間中の米国海兵隊の新兵である男女兵士149人に、訓練期間中1日に25μg(1000IU)のビタミンD3と2000mgのカルシウムを12週間投与した。その結果、血中ビタミンD濃度が高まった人ほど、唾液中のSIgA分泌速度が増加していた。(データ:Scand J Med Sci Sports. 2019 Sep;29(9):1322-1330.

運動をするときには、体に負荷をかけすぎないよう早めに休息をとること。また、体調を崩せない大切なイベントがあるときにはあらかじめ食事でとる栄養にも気を配ろう。この冬は、適度な運動と栄養摂取を意識して、免疫維持に努めたい。

[2]Int J Sports Med. 1994 May;15(4):199-206.

[3]Eur J Appl Physiol. 2005 Jun;94(3):298-304.

[4]J.Ttrain.Sci.Exerc.Sport21;2009,203-209.

[5]J Strength Cond Res. 2011 Jul;25(7):1943-50.

[6]日本臨床スポーツ医学会誌. 2007 Aug;15 (3): 441-447.

[7]J Strength Cond Res. 2012 May;26(5):1402-6.

[8]J Clin Biochem Nutr. 2014 Jan; 54(1): 61-66.

[9]Jpn J Phys Fitness Sports Med;2015,64(3):315-322.

(ライター 柳本操)

清水和弘さん
ハイパフォーマンススポーツセンター国立スポーツ科学センタースポーツ研究部研究員。筑波大学大学院修了後、早稲田大学、筑波大学を経て現職。アスリートの免疫機能評価法、感染防御対策の研究を行う。2012年ロンドン五輪で日本代表をサポート。免疫機能の簡易測定キットの開発も手がける。オリンピック・パラリンピックの選手村村外サポート拠点の運営責任者も務めた。
「健康」「お金」「働く」をキーワードに、人生100年時代を生きるヒントとなる情報を提供する「ウェルエイジング」を始めました。
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