日本橋スタートで成績トップ タクシーはカンが大事鉛筆画家 安住孝史氏

令和3年正月の東京・日本橋(画・安住孝史氏)
夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(83)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「ふるさとの匂い、タクシーに乗って 上野駅の年末年始」

♪お江戸日本橋七つ立ち――。暁(あかつき)七つ(午前4時ごろ)に東海道五十三次の旅へ一歩を踏み出すところからはじまる民謡「お江戸日本橋」。新型コロナウイルスの暗雲が垂れこめたままの年明けとなりましたが、元気にスタートしたいと思い、今年は日本橋の想(おも)い出から書き始めようと思います。

ある1日のできごと

その日はとても暇でした。今から40年くらい昔の秋です。タクシーは前も後ろも空車が走り、僕が運転する車も朝の出庫からほとんど空車のまま。これではいけないと早めの昼食で様子をみて、気持ちを切り替えて午後の部に出発しました。都心を南北に貫く中央通りを日本橋方向に走りますが、午前と同じように空車ばかり。神田駅のガードをくぐりながら、前の空車に連なって走っていてはらちが開かないと、道を変えることを考えました。

ちょっと話がそれますが、自動車の運転には危険を察知するカンが必要です。タクシーの運転手は、それに加えてお客様をみつけるカン、漁師が獲物の居場所をさぐりあてるようなカンも必要になります。そしてこの日の僕は、日本橋三越の手前にある交差点を曲がるとお客様がいるようなカンが働きました。

どのタクシーも交差点を直進していきます。しめたと思い左折。そして前を見ると、少し先に男性が立っているのが目に入りました。お客様でした。カンが当たったのです。ドアを開けますと、荷物の段ボール箱も座席に乗せたいとのこと。タイプライターが入るぐらいの大きさでしたが「精密機器で大切なものだから」とおっしゃいました。

行き先はそこから10キロメートル以上も南の「大森」です。大森は高速道路の出口に近く、短時間で距離をかせげる有り難いお客様です。実際の目的地は大森駅の東にある平和島に入ってすぐのところでした。お客様は支払いを済ませると「運転手さん、10分ぐらい待てるかな。さっき乗った場所へ帰りたいんだ」と言われましたので、僕はもちろん「待ちます」と答えました。空車タクシーがあまり入って来ない場所ですからお客様にも好都合ですが、僕にとっても少しの待ち時間で日本橋から大森までの往復仕事になるのですから、内心非常にうれしかったのです。

お客様が商談を終えて戻って来ました。お乗せして「きょうは暇で参っていました」と正直に伝え、お礼を言いました。お客様も帰り道の気安さからか笑ってくれて、運んだ品物は電気関係の精密機器で自分が設計したのだと少し誇らしげに教えてくれました。「設計するときは完成品を思い描いて図面を引く」ともおっしゃいました。職人気質の方はいいなあと、僕も楽しい帰り道になりました。

そのお客様を降ろすと、日本橋界隈(かいわい)を小さくぐるっと回りました。タクシーは水商売ですから縁起をかつぎ、今度は日本橋三越で付け待ちのタクシーの列に並びました。何台も止まっておらず、僕の番はすぐに来ました。お客様は女性2人。お乗せすると、行き先は埼玉県の「草加市」。北に20キロメートル余りも行った先です。

お客様は親子でした。運転手を気にすることなく会話されていましたので、娘さんが結婚したばかりで、ご祝儀の御礼の品を求めにお母様とデパートに来たというようなことが耳に入ってきました。

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「個室」のような後部座席で…
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