インドの母ライオン、オスの「子殺し」封じる奇策
ライオンのオスは、自分が乗っ取った群れに子どもがいた場合、その子を殺すことがある。しかし、インドに暮らすライオンの母たちには「子殺し」を防ぐ奇策があるらしいことが、研究で判明した。
FLG10と名付けられたメスのライオンは、インドのグジャラート州にあるギル国立公園で子どもたちを育てている。ここは絶滅の危機にひんしているインドライオンの最後の砦(とりで)とも言える場所だ。
性的に成熟すると、FLG10は自分の縄張りに最もよくやってくるグループのオスと交尾した。これはほかの若いメスたちと同じだ。ところがその後の2015年ごろ、FLG10はこれまでライオンで観察されることのなかった行動を取った。近くのグループのオスと交尾したのち、さらに別のグループのオスとも交尾したのだ。
その行動を追っていた研究者たちは、FLG10が戦略的に交尾を行っているように感じた。縄張りにやってきたすべてのグループのオスと交尾し、誰が子どもの父親かをわからなくすることで、FLG10は子殺しを防ごうとしているようだった。
2019年4月に学術誌「Behavioral Ecology」に掲載された論文によると、この戦略は功を奏し、子どもたちは1頭も殺されることがなかったという。
論文の著者で、インド野生生物研究所の生物学者であるストートラ・チャクラバルティ氏は、「おとなのオスのライオンは、自分の子でないと思う子ライオンを見かけると、その子どもを殺します」と話す。そうやって、メスに自分の子を産ませようとする。
「メスは複数のオスと交尾して父親をわからなくすることで、全員に自分の子だと思わせるのです」
20の集団を4年かけて調査
チャクラバルティ氏らは、首に発信器をつけたライオンの観察データを収集した。さらに、指導教官だったヤドベンドラデブ・ジャーラ氏が1996年に長期監視プロジェクトを始めてから蓄積されていた数十年にわたる観察データを活用し、FLG10の家系図を作り上げた。
次に、同じことをするメスがほかにもいないかを確認するため、4年をかけて9つのメスの群れ(FLG10の群れを含む)と11のオスのグループを観察した。すると、この行動は頻繁に、かつ効率的に行われていることがわかった。
結論としては、この研究の期間中に2回以上出産したメスは、すべて複数のオスと交尾していた。そしてなんと、交尾したオスを含むグループが子どもを殺すことは一度もなかった。
アフリカライオンに見られない行動、なぜ?
複数のオスと交尾するというメスの行動は、アフリカライオンには見られない。原因として、米プリンストン大学の博士研究員であるメレディス・パーマー氏は、得られる獲物の違いが関連しているのではないかと考える。
シカがたくさんいるギル国立公園では、インドライオンはメスが2~4頭の群れを、オスが通常2頭のグループを形成して、行動をともにしている。同じグループのライオンは獲物を共有するので、獲物が小さいギル国立公園では小さな集団のほうが都合がいいからだ。
結果、メスの群れの縄張りは狭くなり、オスのグループは複数の群れを巡回することになる。子どもに被害が及ぶのは、オスのグループの行動範囲が重なった場所だ。そうした場所では、血縁関係のないオスと遭遇しやすい。
一方のアフリカでは、この問題は起こらない。獲物は移動性の大型動物なので、メスの群れは大きくても大丈夫だ。そのため、メスの群れとオスのグループは数年間にわたって1対1の関係になる。メスが交尾相手を変えることはなく、父親やおじは子どもを殺そうとするオスを追い払う。オスのグループがいなくなるのは、別のグループに縄張りを奪われたときだけだ。
インドライオンとアフリカライオンについては、分類や社会性を比較する研究が増えているが、今回の研究もその一つだ。
パーマー氏はこう述べる。「ライオンは、私たちが考えているよりずっと柔軟に行動するのです。遺伝的な適応もあるかもしれませんが、異なる環境に適応した行動であることは明らかです」
死角はないのか?
チャクラバルティ氏は、複数のオスと交尾するという戦略が優れているのは、子殺しは危険だとオスに思わせることができる点だという。
「自分の子どもを殺してしまうとオスにとっては大きな損失になるので、なじみのメスの子どもを殺さなくなるのです」
しかし、この戦略にも限界はある。交尾する機会がなかった新しいグループのオスに対しては効果がないことだ。
2017年、FLG10の群れでそれが現実になってしまった。新しいグループがやってきて、群れの子どもだけでなく、若いライオンたちまで殺された。この新しいグループは、これまでのグループを追い払い、このあたりの主導権を手にした。
パーマー氏はこう話す。「ライオンは、自分の子孫が生まれて繁栄することを願っています。群れを乗っ取った時にすでにほかのオスの子どもがいる場合、その子どもが成長するのをじっと待つことはないのです」
どんな母親でも子どもを失いたくはないが、長期的に見るなら、新しいオスがやってくることは種の利益になる。新しい遺伝子によって群れに多様性がもたらされるからだ。
そして現在、野生のインドライオンはわずか600頭ほどだ。彼らはあらゆる助けを必要としている。
(文 GRANT CURRIN、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年1月4日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。