14カ国が合意、持続可能な海の管理 日本参加の意義
日本を含む海洋沿岸国14カ国の首脳が、2025年までに、自国が管轄する海の100%を持続可能な方法で管理することで合意した。14カ国の対象水域を合計すると、ほぼアフリカ大陸と同等の面積になる。さらに14カ国は、2030年までに海洋の30%を保護するという、国連を中心とした目標を支持すると表明した。
こうした海洋管理は、乱獲や違法な漁業を減らし、減少する魚資源を回復させ、プラスチックごみの流入に歯止めをかけ、農業廃棄物などによる「海のデッドゾーン」を減らすことに貢献するだろう。
14カ国の首脳が、最初に世界の海の深刻な現状について議論を交わしたのは2018年後半のこと。当時は有益な結果に至るかどうかは未知数だった。14度の会議が計画されたものの、パンデミック(世界的大流行)のために延期せざるを得なくなるまでに実現したのは、わずかに2度だった。
だからこそ2020年12月2日、今回の政策提言が発表されたことには大きな意味がある。合意に漕ぎつけたことは、新たな時代への希望を持たせてくれるものだ。
「実に面白いと思うのは、14カ国がこの2年、将来的にこうしたことがもっと行われればと思うような、実験的な話し合いをしてきたということです」と、米スミソニアン協会の海洋科学者ナンシー・ノウルトン氏は話す。氏は今回のプロジェクトには携わっていない。「この国々はチームとして動いています。まずは同じ考えを持つ者が集まってスタートすることは、現実的に何かを成功させるための有効な仕組みです」
「いつものメンバー」ではない
参加している14カ国の顔ぶれは、多くの国際会議で見る国々とは違う。海外領土を多く持ち、世界最大規模の海洋面積を管轄するフランスは招待されていない。ロシア、中国、米国といった大国も同様だ。
「そういう国々と交渉するのは容易なことではありません」。ノルウェーの前気候環境大臣であり、このプロジェクトの立役者でもあるビダー・ヘルゲセン氏はそう話す。「政治に邪魔されず、やるべきことに集中できるようなグループを作ろうと決めたのです」
ヘルゲセン氏が言うのはつまり、海が文化と歴史に深く根付き、似た考えを持つ国々を集めて、科学に裏付けられた議論を交わしていくということだ。
結果として「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」は、大きな国から小さな国、裕福な国からそうではない国まで、多様な国々から構成されることになった。多かれ少なかれ経済的に海に依存している国家ばかりだ。メンバーはオーストラリア、カナダ、チリ、ガーナ、インドネシア、日本、ケニア、メキシコ、ナミビア、ノルウェー、ポルトガル、そして島嶼(とうしょ)国家のフィジー、ジャマイカ、パラオの14カ国となった。
合わせると世界の海岸線の40%、排他的経済水域の30%、漁獲量の20%、そして船舶の20%を占めることになる。
首脳たちは現在、他の国々にも参加を呼び掛けている。
最新科学が支える計画
プロジェクトを支えているのは、新たに海洋調査を行い、16本の論文を発表した253人の科学者たちだ。論文のテーマは、プラスチックごみの除去から気候変動の対策まで、多岐にわたっている。少なくとも9本が学術誌「ネイチャー」に掲載されている。
「科学的なプロセスは、非常に厳格に行われました」。カナダ、ダルハウジー大学のボリス・ワーム氏はそう語る。氏はカナダ代表の科学アドバイザーを務める海洋科学者だ。「様々な利害を持つ人が集まるとき、データがあれば余計な押し問答をしなくて済みます。データはデータ。一致団結して行動できるのです」
ハイレベル・パネルはまた、海洋に対する考え方という面で常識を覆そうとしている。海を単なる気候変動の被害者と捉えて保護区を作るだけではなく(もちろん、温暖化と酸性化という被害を受けているのは間違いないのだが)、全てを持続的に管理しようというのだ。適切に管理されれば、漁業を含む海洋経済は拡大が可能だという。
加えて、炭素を吸収するマングローブ、藻場、海草などを回復させることで、世界全体の二酸化炭素排出量を5分の1程度まで減らせる可能性がある。また、温暖化を1.5度にとどめることも可能かもしれないという。
「私たちはこれまで、海を保護するか利用するかの二者択一で考えてきました」と、オバマ政権下で米海洋大気局のトップを務め、ハイレベル・パネルの専門家会議でチェアパーソンも務めたジェーン・ルブチェンコ氏は語る。「それは誤った選択です。海を利用しつつ枯渇させない、もっと賢いやり方を私たちは発見しつつあります。秘訣は、海洋生態系の健全度を保つことです」
氏が言うには、沖合での風力発電、そして潮力発電や波力発電を開発していくというパネルの提言を実行すれば、再生可能エネルギーを今よりも40%増加させることができる。これらを通じて何百万という人々が貧困から脱出できる可能性もあるという。パネルに参加した経済学者たちは、持続可能な海洋を構築するための投資1ドルにつき、5ドルの経済的、社会的、環境的利益が生まれると予測している。
提言には74個のアクションが含まれており、中にはすでに進行中のものもある。たとえば、ガーナでは外国船の追跡が可能になり、違法漁業を大きく減少させられるようになった。一方で、プラスチックごみの流出を減らすといったアクションは、コストがかかるため、進むのに時間がかかるかもしれない。
野心的な目標
こうした取り組みはどうせまた掛け声だけの無益なものだと思う人もいるかもしれない。だが、首脳たちは、小さな一歩を踏み出すというような段階はすでに過ぎており、より抜本的な行動に取り組むべき時だと考えている。この数十年、人口は膨張し、魚資源は減少し続けている。この間、資源を全く回復させられていないことが、その事実を物語っているだろう。
漁獲量は、1990年代半ばをピークに減少の一途をたどっており、今では世界の魚資源の82%が乱獲状態にあると考えられている。国連の気候変動に関する政府間パネルは、海洋健全度に関する2019年の特別報告書で、対策を取らなければ魚は2100年までに25%減少する可能性があると警告した。魚資源の回復ができているのは、ノルウェーと米国のみだ。
「漁業に力を入れればもっと魚が取れるということは絶対にありません」と言うのは、ナショナル ジオグラフィック協会付きエクスプローラー(協会が支援する研究者)でもある海洋科学者、エンリック・サラ氏だ。
同様に、ほんの一部の海を保護したところで(現在、保護区とされているのは世界の海の7%のみ)、海洋の健全度を高めることはできない。30%ですら足りないと考えられている。
「海の一部だけを守って後はあきらめるというのではなく、これ以上悪化しないように100%が管理されなければならない。そういう野心的な目標です」とワーム氏は言う。
日本の参加は「とても大きい」
同時に、「持続可能な管理」というフレーズはあまりに広範かつ曖昧であり、それゆえに懐疑論も多く生まれてきている。著名な水産学者であるカナダ、ブリティッシュコロンビア大学のダニエル・ポーリー氏は、プロジェクトの努力そのものはたたえている。しかし、「持続可能な管理」という語に効果があるかと問われれば懐疑的だ。なお、氏は同プロジェクトには携わっていない。
「『持続可能』という言葉は『豊富』と同義でないことを、一般市民の多くは知りません。低いレベルを含め、様々なレベルを持続させることも『持続可能』と言えるわけです。乱獲されている魚を持続させることも含むのです」
しかし、世界192の沿岸国のうちわずか14カ国が変化を起こせるものかと思うなら、アジア太平洋において大きな影響力を持つ日本が、海の30%を保護するという目標に同意したことを考えてみてほしい。海洋保護区の設定に長く消極的だった日本が方針を変えたことは「とても大きいです」とサラ氏は述べる。
2021年には、いまだ採択に至っていない海洋保護についての条約を引き続き議論すべく、中国で国連生物多様性会議が開催される。日本が海洋保護区の設置を肯定する立場になったことで、中国を含む他の国も考え直すかもしれない。今のところ中国は、国土の30%を保護することを明言しているものの、海の保護については沈黙を守っている。中国が賛同すれば、30%という目標の達成は約束されたも同然だ。
(文 LAURA PARKER、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年12月10日付]
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