日経ナショナル ジオグラフィック社

免疫交響曲

実のところ、抗体が減少するのは通常の健全な免疫反応のしるしである可能性がある。20年11月19日付で同じく「MedRxiv」に公開された英国の研究では、感染後一斉に作られる抗体が時とともに減少しても、6カ月間は感染を防ぐ効果があると報告された。それによると、検出可能な抗体を保有していた1246人の医療従事者のうち、再感染したのは3人で、いずれも無症状だった。

米ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨークリニックのがん専門医で医学教授のS・ビンセント・ラジクマール氏は、そもそも抗体のレベルだけで将来の感染の有無を測ることは難しいと話す。

人間の免疫系をオーケストラに例えてみよう。このオーケストラには、多才な演奏者である免疫細胞の「B細胞」と「T細胞」がいる。

新型コロナウイルスが侵入すると、体の中で盛大な第1楽章が始まる。一部のB細胞が直ちに反応して、最初の1~2週間で抗体を大量に生産する。それと同時に、キラーと呼ばれるT細胞の集団がコロナウイルスに侵された細胞を探し出し、自死させる。別のタイプのヘルパーと呼ばれるT細胞が、これらの危機対応を誘導する。

もし、どの部分であってもハーモニーが崩れれば、曲全体が乱れ、被害を抑えるどころか逆に拡大させてしてしまう。そして、これらすべてが起こっている間、メモリータイプのB細胞とT細胞が学習し、記憶する。これらのメモリー細胞は、感染症から回復した後も、将来の再感染を防ぐべく舞台裏でひそかに待ち構え続ける。

2002~2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染者が、回復して何年もたった後も検出可能なメモリーT細胞を保有していたことが、7月に研究者らの間で話題になったのはそのためだ。

そして最新の研究で、新型コロナウイルスの感染に反応したB細胞とT細胞も、長期間残存するらしいこともわかってきた。20年11月16日付で「BioRxiv」に掲載された論文は、185人のコロナ患者の免疫の記憶がどれくらいの期間保持されるのかを調査した。

それによると、6カ月後にはまだ大量のメモリーB細胞が残っており、メモリーT細胞は減ったものの半分ほど残っていた。同じく「BioRxiv」に20年11月2日付で発表された別の論文によると、春にウイルスに感染して軽症だった100人の医療従事者が、抗体をわずかしか生産しなかったのに、やはり6カ月後には強いT細胞を保持していたことがわかった。

2度目は軽症で済むとしても

だが、体がコロナウイルスに再びさらされた場合、これらの免疫の記憶が実際にどのように働くかはわかっていない。炎症反応を起こして、前回よりも重症化してしまうのか。それとも、一部で報告されているように、前回よりも軽症で済むのだろうか。

普通の風邪を引き起こすコロナウイルスと同様であるとすれば、新型コロナウイルスの再感染も、ほとんどの人にとっては軽症で済む可能性が高いと、ラジクマール氏は言う。ということは、香港の男性が一般的なケースで、重症化したネバダ州の男性は珍しいケースと言えるだろう。

ワクチンについて言えば、現時点では、最先端のmRNAワクチンで活性化されるB細胞とT細胞がいつまで感染を防いでくれるのかを十分なほど長期的に調べた研究はない。マウスを使った最近の2カ月間の研究では、期待が持てそうだが。

とはいえ、2回目は軽症で済むとしても、もうマスクは不要と考えるべきではない。再感染すれば、1回目と同じく人に感染させることはある。そして、感染させた相手が重症化してしまうことだってある。

ラジクマール氏は、世界が集団免疫を獲得するまでは、マスクの使用を継続すべきだと忠告する。「ほとんど症状が出なかったら、再感染に気付かないかもしれません。ですから、一度感染した人でも他の人のためにマスクを着用すべきです」

(文 SARAH ELIZABETH RICHARDS、NSIKAN AKPAN、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月4日付の記事を再構成]