田中角栄氏や東国原英夫氏を手本に

声出しのオリジナリティーという点では、田中角栄氏も忘れがたい。しゃがれただみ声と新潟の雰囲気がない交ぜになったような「角栄節」は当時、物まね芸人にとって大事な「飯の種」になった。

言葉のほうも強烈なインパクトがあった。初めて大蔵相(今の財務相)に就任した際、居並ぶエリート官僚たちを前に述べた演説は今も語り草だ。「私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である」で始まり、「全ての責任はこの田中角栄が背負う。以上」で締めくくった。わずか200文字程度の短いスピーチだったが、大蔵官僚のハートをわしづかみにした。

アナウンサー業界ではニュースの読み上げでいわゆる標準語を求められる事情があって、なまりを出さないように心がける人が多い。でも、関西出身者は方言を隠さない人が珍しくなく、大阪弁を「売り物」にする人もいる。

なまりを持つ人が懸命に標準語を使うと、過剰にコントロールした声出しになりがちだ。結果的に情感が乏しくなったり、キャラクターがみえにくくなったりもする。平板なマシンボイス的になりかねないのは、あたたかみを備えた声を伝えるうえではマイナスに働きやすい。

どんな場面でも、ずっと方言を使い続けたほうがよいといっているわけではない。適度に織り込んで、自分のキャラづけに生かしてはどうかという話だ。秋田弁を通して、親しみを感じてもらいやすくする程度の使い方だ。

成功例といえそうなのは、宮崎県知事を務めた東国原英夫氏だ。2007年には「(宮崎を)どげんかせんといかん」の流行語を生んだ。県議会での所信表明で、「しがらみからの解放」を求めた。メディアを通じて全国に広く知られるようになり、宮崎県での盛り上がりを伝えた。

菅首相に物足りなく思えるのは、自己開示の少なさだ。大まかなプロフィルは公開されているものの、生身のイメージが伝わってこない。たとえば、失敗談やドジ話が欲しい。ことさらに記者会見を避け、言葉数も抑えるふるまいからは、「弱みを見せたくない」「しゃべると余計なぼろが出る」といった心配が透けてみえる。セーフティーゾーンを保とうと努めるかのような態度は、国民との距離感を生んでしまいがちだ。

永田町に限らず、ビジネスのリーダーにも同じことがいえる。肉声や私見を盛り込まず、あたりさわりのない「情報共有」や「事務連絡」に徹していると、リーダーとしての存在感が薄れてしまう。弱みやミスを隠すふるまいは、チームメンバーにも無用の緊張感を抱かせそうだ。自己開示のできない臆病者のリーダーは、チーム内の風通しを妨げるだけではなく、秘密隠しの種までまいてしまいかねない。

言葉の選び方や、声の出し方以上に大事なのは、コンタクト(接触)の頻度だ。顔を見る機会が多いと、自然に気持ちも親しくなることは心理学用語の「ザイアンス効果」として知られている。リーダーは引きこもっていてはならない。コロナ禍で接触機会が減っている今はなおさらだ。在任中の小泉氏が高い支持率を保ったことと、記者会見の頻度は無関係ではないだろう。

秋田弁を披露するきっかけが必要なら、東北をテーマに記者会見を開いてはどうか。来年3月には東日本大震災から10年という大きな節目が訪れる。東北出身の首相が沈黙を守ってはいられまい。そのほかにもコロナウイルスのワクチン接種開始や米大統領の就任など、1月以降は重要な日程が相次ぐ。そろそろ肉声を響かせる準備を始めてもいい頃合いだろう。いずれは物まね芸人を喜ばせるような、味わいの深い「菅節」を聞かせてもらいたいものだ。

※「 梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4水曜掲載です。


梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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