印象的だった小泉純一郎氏や渡辺美智雄氏

前政権では調整役として働き、長期政権を支えた。もちろん、持論を政策に生かす場面はあっただろうが、安倍晋三氏の改憲論や小泉純一郎氏の「自民党をぶっ壊す」に比べると、熱量が低い気がする。自ら背負ったミッションではないのなら、声の張りが足りなくなるのも道理だ。

ただ、主張が弱いからといって、首相に引きこもられては国民が困る。とりわけ、今の新型コロナウイルス禍のように、「国難」と呼べる状況にあっては、明確な声と言葉で政治を動かしてもらわなくては困る。トランプ米大統領のように勝手な言説をまき散らすのは別の意味で迷惑だが、声を放棄したリーダーは頼りがいがない。

菅首相にもっと自前の声を上げてもらいたい。その意味でまずおすすめしたいのは、今の棒読みをやめることだ。あれを続けている限り、国民は耳をそば立てて、菅首相の言葉を聞き取ろうとはしないだろう。気持ちが乗っていない声は、テレビの画面を見ていなくても耳で分かる。指導者に求められるのは、画面を見ていなかった視聴者が顔を画面に向けたくなるような声の出し方だ。

実は首相には自ら封印した「強み」がある。秋田弁だ。公式な場面では、必要以上に声のトーンを平坦(へいたん)に保って、「標準語ライク」にしゃべっている。もし、秋田弁をいくらかでも使えるのなら、少しで構わないから、公式の場で織り込んでもらいたい。

先例がある。橋本龍太郎首相の下で官房長官を務めた村岡兼造氏だ。秋田弁交じりの素朴な語り口で親しまれた。

お国なまりのイントネーションを前面に押し出した政治家としては渡辺美智雄氏が有名だろう。渡辺氏は地元・栃木のなまりをたっぷり盛り込んだ「ミッチー節」で知られた。数々の失言・放言で批判も浴びたが、人なつこい抑揚が印象的な、歯に衣(きぬ)を着せない語り口は庶民的なイメージを呼び込むうえで効果を上げた。

閣僚を歴任し、副首相まで務め、有力派閥を率いたのに、首相の座には届かなかった。その意味では歴代首相の「記録」に残らないが、今なお大勢の「記憶」には残っている。大きな理由は、その声としゃべり方にあるだろう。誇らしさまで帯びたほどのお国なまりはチャーミングに聞こえた。

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田中角栄氏や東国原英夫氏を手本に
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