日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/12/13

ビクトリアストリートでレッド・ドア・ギャラリーを営むジェイソン・レッドマンさんも不満を感じる1人だ。「歩行者専用道路になったことで、旅行者が減少しました。パンデミック以降、人々は公共交通機関ではなく車を利用したいと考えるようになりましたからね」

車が入れなくても混雑する世界遺産も

自動車を通行禁止にすることが、世界遺産の混雑緩和の特効薬となるわけではない。壁に囲まれた旧市街が世界遺産に登録されているクロアチアのドブロブニクやモロッコのフェズは、石畳の道があまりに狭く、老朽化しており、もともと車は通行できない。それでも、ドブロブニクはクルーズ船の乗客で混雑しており、フェズはオートバイとロバが歩行者のすぐ横を走り抜けるような有り様なのだ。

世界最大級の城壁を擁するクロアチアの世界遺産ドブロブニクの旧市街。例年100万人以上の旅行者が訪れていた。オーバーツーリズムの問題を解決するため、2018年、上陸可能なクルーズ船の乗客を1日当たり5000人に制限した(PHOTOGRAPH BY DIDIER MARTI, GETTY IMAGES)

もちろん、車を締め出したことで、好ましい変化が起きている歴史地区もある。スペインの首都マドリードは2018年、住民以外の車が市街地に乗り入れることを禁止する法律を制定。その結果、街の汚染が改善し、通りに買い物客が増えた。ユネスコの広報担当者ジョティ・ホサグラハー氏は「多くの都市が(歩行者専用道路の設置によって)環境保護と旅行者の管理という恩恵を受けています」と話す。

カナダ、バンクーバーで都市計画の指揮を執り、現在はコンサルタントとして活動するブレント・トデリアン氏は「歩行者専用道路そのものに善悪はありません」と語る。「その都市や地区に合う方法で実行しなければなりません」。トデリアン氏によれば、車を締め出すことは何かを閉鎖することではないという。「むしろ通りを開放し、活気や住みやすさ、快適さ、公平性をもたらすことです」

パンデミックという難題に直面した世界遺産で、斬新な方法に取り組み始めたのがイタリアのフィレンツェだろう。新たに、オルトラルノ地区の庭園や史跡を結ぶ歩行者専用道路を活用したガイド無しのウオーキングツアーが始まったのだ。レバノンの沿岸都市ビブロスでは、春のロックダウンが緩和された後、市民がフェニキアの遺跡でヨガやハイキングを楽しむことができるようになっている。

パンデミック後、大気はきれいになり、道路の混雑が緩和し、屋外での活動に目が向けられるようになった。こうした変化が、これまで世界遺産で問題になっていたオーバーツーリズムの改善につながるのだろうか? トデリアン氏の結論はこうだ。「車には大気汚染、騒音、危険、空間の占拠という問題があり、歴史地区の素晴らしさを損ないます。傷つきやすい生態系にとって、車は“侵略的外来種”のような存在です。車は周囲のあらゆるものを弱らせます」

(文 BHAKTI MATHEW、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年11月8日付の記事を再構成]