フレンチトースト、茶漬けも宅配 ゴーストレストラン
コロナ禍でテーアウトやデリバリーが盛況だが、新たなフードビジネスとして近ごろ注目されているのが客席のないデリバリー専門の「ゴーストレストラン」だ。デリバリー専門業態はこれまでにもあったが、キッチンを自前で持たず、他店のキッチンを間借りしたり、ゴーストレストラン向けのシェアキッチンなどが使われたりする。実店舗を構えている飲食店がその店のキッチンやスタッフを使って、別の屋号のゴーストレストランを並行で運営するケースもある。固有の電話番号もないので、注文はUber Eatsや出前館といったデリバリーサービス経由で受け付ける。まさにレストランの実態が見えない幽霊のような存在だ。
出店費用が低く抑えられるので、腕に自信のある若いシェフでも比較的容易に自分の「店」が持てる。また、多くの客の支持を得るかどうかまだ分からない珍しい料理ジャンルの「店」も出せる。Uber Eatsや出前館のレストラン一覧に見慣れない料理の専門店を見つけたら、それはゴーストレストランかもしれない。
なお、幽霊のような店となると衛生管理が気になるところだが、「登録には飲食店営業許可証の提示が必要です」(Uber Japan 広報担当)に加え、「借り物の飲食店営業許可証でないことを確認するため、許可証に記載された責任者名の振り込み口座であることを求めている」(出前館コミュニケーショングループの小宮栞穂里さん)とのことで、このような対策をしている宅配ビジネスの掲載店であれば問題ないだろう。また、出前館では東京都江東区にクラウドキッチンと出前館のデリバリー拠点併設型の旗艦店をオープンする準備を進めている。クラウドキッチンは同社が飲食店営業許可証を取得するので、資金が足りず無許可のゴーストレストランに走ってしまいそうな出店希望者も支援できる仕組みだ。
2020年5月、東京・渋谷と荻窪にオープンした「高級フレンチトースト専門店どんだけ自己中」は、人気店の食パンをフレンチトーストで楽しめるゴーストレストランだ。フレンチトーストは自宅でも作るものだが、おしゃれなカフェメニューの定番のフレンチトーストとなれば、それは全くの別モノ。同店のおしゃれなフレンチトーストをまねして作ろうとしても、到底できまい。それが自宅に届くのである。
メニューはトッピング違いで6種ある。一番人気は定番のメープルシロップと合わせた「高級フレンチトースト メープルシロップ」で、2番人気はボリューム感のある「高級フレンチトースト チョコバナナ」だ。配送時はつぶれないよう箱に入れられ、ソースは別添えで届く。
驚くのがその厚さ。フレンチトーストに使っている食パンは非常に水分が多くて軟らかく、2センチ程度で調理するとへこんでしまうため、厚さ4~5センチにカットしている。一般的なフレンチトーストの約1.5倍量の牛乳を使った専用のアパレイユ(フレンチトースト用の液)に12時間漬け込んでおり、とろとろ・ふわふわ・もちもちの食感を楽しめる。
同店は都内に飲食店8店舗を展開するリディファインダイニングが運営しており、調理場所には同社の居酒屋のキッチンを活用している。なお、人気の食パン店も同社の運営だ。
「以前から居酒屋のメニューにも人気の高級食パンを使っていました。その中で『本日のおすすめ』として出していたフレンチトーストの評判がよく、デリバリー専門店として販売してはどうかと考えました」と執行役員の登神達朗さんは説明する。
ゴーストレストランは、同社が運営するほかのブランドの実店舗をPRするツールとして位置づけているそうで、デリバリー配送時に「居酒屋の『もつ吉』がやっているフレンチトースト専門店」である内容のチラシを同封し、居酒屋への来客が増えることも狙っているそうだ。居酒屋業態を運営しながら並行してゴーストレストランの調理にも対応するので、あえて1店舗当たり1日20食程度に限定しているという。
2020年8月、東京・飯田橋にオープンした「東京フライドポテトラボ」は、フライトポテト専門のゴーストレストラン。現在は飯田橋のほか、代々木・八丁堀・新松戸・南青山骨董通りにキッチンがある。
フライドポテトは一般にソースで味に変化を付けるイメージがあるが、同店では原料のジャガイモを5種類程度を使い分け、カットも変えて合計12種類のポテトメニューをそろえている。
12種類の中で、一番人気は極細切りのポテトに薄く衣をまとわせた「スーパークリスピー」。超カリカリでサクサクの食感は一度食べるとやみつきになる。時間が経ってもサクサクの食感はキープされ、冷めてもおいしく食べられる。ほかに、中はマッシュポテトのように滑らかで、外はサクサクした食感の「マッシュスタイル」など新感覚のメニューもあり、選ぶのも楽しい。
「多くの人になじみ深い料理なので、奇抜になり過ぎず万人向け、かつ他店との差別化が図れるように、味や香りのバランスにこだわりました」と同店を運営するShiSi代表の鷲見宗馬さん。
丸型の容器に揚げたてのポテトを入れ、それを紙袋に入れて、温かい状態を保って宅配している。ディップソースは特製ケチャップとオリジナルサワークリームマヨネーズの2種類から選べる。人気は特製ケチャップで、追加でいくつも頼む客が多いそうだ。
また、ナポリタンソースやデミグラスソースなどをかけた食べ応えのある「グルメポテト」シリーズもラインアップしている。サイドメニューになりがちなフライドポテトだが、食事の主役としても十分満足できる。
飯田橋店の場合、同社が持つ鍋居酒屋で調理し、曜日やスタッフによっては同ビル内の和食店のキッチンを利用することもあるという。飯田橋店以外については他社に「東京フライドポテトラボ」をのれん貸ししている。
「フライドポテトの客単価はそれほど高くないため、専門店として店舗やスタッフを構えるのはビジネスモデルとしてはリスクが高く、ゴーストレストランだからこそ実現できた業態だと思います」と鷲見さん。それでも種類が多いため複数商品を注文する人が多く、一人当たりの平均注文金額は1500円程度だという。
ゴーストレストラン研究所が2019年2月に開店した「Ghost Kitchens」は、これまたユニークなゴーストレストランだ。このゴーストレストランのキッチンでは15店がそれぞれの料理を作っているが、客には「Ghost Kitchens」という店名は見えない。Uber Eatsのリストには15店がそれぞれ独立した店舗として掲載しているだけだ。
当初は東京・中目黒のキッチンスペースを間借りしてスタートしたのだが、2020年6月に東京・西麻布へ移転リニューアルした。移転時に、それまで要望の多かったテークアウトカウンターを設けており、客がUber Eatsへ注文した後に、店舗に出向きピックアップすることもできる。
15店の中の一番人気はスープ専門店「すーぷのあるせいかつ」。スープだけで1食分の満足感を得られるようにボリュームにこだわって商品化したもの。コンビニなどでも人気のスープだが、ヘルシーすぎて物足りないという声も聞き、考案したそうだ。
2020年10月にオープンした「二日酔い食堂」は、二日酔いの日でも食べられるお茶漬け専門店。社長の吉見悠紀さん自身がお酒好きで、「二日酔いの日にこんなデリバリーがあればうれしい」と思ったことがオープンのきっかけになった。栄養豊富なシジミでとっただしはうま味がたっぷり。レモンや梅干しが添えられ、さっぱりした味わいなので、二日酔いの日でもすっきり食べられる。土曜の昼の注文が最も多いという。
ほかにも、ビーガンタコス料理店「ヴィーガンジャンクショップ!!」、フルーツ専門店「ふるーつ宅配便」など、ゴーストレストランだからこそできる珍しいジャンルの店が目立つ。
「こういうものがあったらうれしい」という小さな声や食のマイノリティーとなる人のニーズを埋めることを目指しているそうで、今後もゴーストレストランのブランドを増やしていく予定とのこと。
「食産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)や自動運転の実用化などのテクノロジーの進化によって、人を動かす時代からモノを動かす時代へシフトしつつある食分野において、日々の食事の中でデリバリーという行為がもっと当たり前に、食べるという行為の一部になっていくと思います。ゴーストレストランは、まさにそうした時代にふさわしい業態だと思います」と吉見さん。
従来のリアル店舗とは違い、珍しい料理でも手軽に自宅で楽しめるゴーストレストランの利用は広がっている。ただ、賃貸マンションの一室で調理する、飲食店営業許可証を持たない自称ゴーストレストランもあると聞く。じっくり見極めて賢く利用していきたい。
※価格はサービス料および配送手数料別
(フードライター 古滝直実)
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