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堀口珈琲世田谷店は平日も多くの客が来店する。立地する千歳船橋駅周辺には小規模オフィスが点在していることも強みだ

――「コーヒー育」を施す手立ては?

「コーヒーを媒介として様々なことを学ぶカリキュラムを整えて、その過程で実際に飲んでもらえば興味も湧く。コーヒーを学問、科学として見る機運をつくるんです。すなわち『コーヒー学』。コーヒーは市場規模が大きいし、関連産業に携わる人の数も膨大です。貿易、相場、地域の経済・生活、地球環境、歴史や文化、化学、それに健康という風に、切り口も多い。一粒のコーヒー豆を学べば世界が見える。データの整備や教育者の育成も必要だけど、とりあえずカジュアルに始めればいい」

「そもそもコーヒーの需要が落ち込めば、いい豆を作る生産者が離農して、将来、多種多様なコーヒーが飲めなくなる。気候変動や生産コストの上昇と同様、サステナビリティ(持続可能性)に関わる世界的な問題なんです。だから有力な消費国である日本でも、今のうちに危機感をもって取り組むべきです」

10月の業界イベントではコロナ禍における喫茶店開業の留意点について講演した。ただ「自家焙煎店は淘汰の時代に入る」と視線はシビアだ

コーヒーをビジネスだけでなく「学び」の対象としてもとらえる。そんな発想の持ち主である堀口さんは、業界でも「遅咲きの人」だ。アパレル会社に16年勤め、ストレスだらけの毎日に嫌気が差し脱サラ。レストラン経営も考えたが体力的に無理と考え、コーヒーの可能性に着目した。3年間、豆や焙煎を研究し、喫茶店でアルバイトして繁盛店の実情を肌で知り、1990年に40歳で「珈琲工房HORIGUCHI」を創業した。

「喫茶だけでは経営は安定しないとみて、開店時から豆の小売りと卸売りも含めた“3本の矢”でやっていこうと決めた。ここは戦略的に考えましたね。味を追求し、徹底的に差別化を図りました。コーヒーを学ぶ方法論は、ワインを勉強することで身につけた。そこでテロワール(産地の風土)の概念を理解しました」

スペシャルティコーヒーのムーブメントが日本に波及した2000年ごろ、堀口さんは生産地からの直接調達に乗り出す。

「2000年代はブラジルなどの農園を訪れてパートナー作りを進める10年間でした。生豆を購入するにはバイイングの力がなきゃいけない。だから豆の卸売先を増やすために、国内で自家焙煎店の開業支援を始めた。10年間に100店はオープンさせました。02年には『堀口珈琲研究所』を立ち上げて研究にも熱を入れた。そこで『コーヒーは農業と科学』だと確信したんです」

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