スイーツからバーまで 銀座の奥に大人のネオ秘密基地

新橋駅から銀座方面に歩くこと5分。JRの高架下沿いに突然、奥へと伸びる洞窟のような通路が現れる。看板はあるが、目立たないため通行人も「何だここは?」と不思議な表情をしつつ中へと吸い込まれていく。今年2020年9月10日に開業した「日比谷OKUROJI(ヒビヤオクロジ、以下、オクロジ)」だ。
今から100年以上前、1910年から使われていた鉄道の高架橋を再利用した商業施設だ。明治末期にドイツ人技師指揮のもと造られたアーチ型の入り口や赤レンガの壁は趣がある。通路として誰でも歩けるが、両脇にはおしゃれなレストランや大人のバー、スイーツ専門店、地方の伝統工芸品を販売するショップが300メートルにわたってずらりと並び、何度も立ち止まってしまう。

縦に長い広大なスペースだが、ここにはもともと何があったのだろうか?
「倉庫や新聞の配送所として使われたり、1964年の東京オリンピック開催時は外国人向けの土産物店が集まったり、時代によって変遷したようです。今回は近隣で働くビジネスパーソンを中心に、同じ興味を持つ人が集い、交流する場所になることを目指しました。訪れた方が、日本の飲食や伝統工芸の優れた技術と、その背景にあるストーリーを体感できる出店者さんを全国から探してきました」とは、ジェイアール東日本都市開発の女性担当者の談。
すでに飲食店19店を含めた32店が営業中だが、まだ準備中のテナントもあり、最終的には50店が開業するそうだ。今回は 「食」にしぼり、大人が楽しめる店をセレクトして紹介する。

1店目はメディアに引っ張りだこのスイーツ専門店「PATISSERIE PAROLA(パティスリー・パロラ)」。いきなり甘いもの?と後ずさりした男性たち、少しお付き合いを。意外にもオープン直後から男性(それも中高年)に強く支持され、予約した男性客で席が埋まる日もあるという。
フランス出身のシェフ、アレクシ・パロラさんが作る旬のフルーツを使ったスイーツをワインや中国茶とペアリングできるのが売りだ。名物はシェフこん身の「レモンのスペシャリテ」。生のレモンに見えるが、実はホワイトチョコレートで固めたレモンのムースだ。ナイフでカチンと割って食べ、アルザスのワインを合わせる。ライチのような華やかな香りがある甘口ワインと、甘酸っぱくクリーミーなムースを交互に味わい、脳内が一気に幸せオーラ満開に。
また日本初登場というフランス老舗メーカーの高級バター「BORDIER(ボルディエ)」を使ったカヌレも大好評で、こちらはテークアウトもできるため、1日で400個売れた日もあったという。

2店目は「焼貝 あこや」へ。恵比寿や高円寺で人気の貝料理専門店で、全国から取り寄せた鮮度抜群の貝と日本酒を楽しめる。魚市場のような活気ある雰囲気に気分が上がる。店主の延田然圭(のぶたよんぎゅ)さんが「まずこれを食べてほしい」という「焼貝 3品」(2800円、税別)を宮城県産の超辛口純米酒、日高見と一緒に味わってみる。
お勧めの貝を注文後にさばいて調理するもので、この日はホッキ貝の酒盗(しゅとう)焼き、大アサリの生海苔(のり)焼き、サザエのつぼ焼きの3品。鮮度抜群で食感はプリプリコリコリ、臭みや引っかかりが一切なく、口の中がまろやかな貝のうま味でいっぱいに。そこにキリッと辛口の冷たい純米酒を流し込む。ああ幸せ。特にサザエはこんなにクセがなく味わい深いものに出合ったことがない。
「貝は鮮度が命の、非常にデリケートな食材です。うちは貝専門店が珍しかった15年前に創業して以来、冷凍や加工品は使わず生の貝のみ使用、扱い方や火入れなど徹底的にこだわっています。ありがたいことに『子供の頃から貝が苦手だったが初めておいしいと思った』『ここの貝を味わったらほかで食べられなくなった』と声をかけていただきます」(延田さん)

3軒目は「ニクバル CARNIVOR(カーニヴォ)」へ。日本全国から探した和牛のステーキとワインが楽しめる肉バルだ。元は赤坂で人気の山形牛専門店だったが、オクロジ開業時に移転。現在は山形県産にこだわらず、鹿児島県産、北海道産など各産地の牛も使用。1インチ(約2.5センチ)の厚切りステーキで提供する。1グラム単位で食べたい量だけ切り分けてくれる。
「肉質にこだわった最高の和牛を、焼き目を付けつつ中はほどよくレアでお出ししています。肉の芯温とオーブン庫内の湿度の組み合わせを何通りも試作し、究極の型を見つけました」と店長の河野大吾さんは胸を張る。この日は千葉県産牛を米国の赤ワインといただく。
じっくり15分ほどかけて焼かれたステーキはミディアムレア。火は通っているが内部は美しいロゼ色。口に入れると脂肪分がとろける。これに香川の老舗の蔵元が造る高級しょうゆ、瀬戸内海の藻塩、フランス産のマスタード、ガーリックチップを好みで付けて食べる。

リッチな赤ワインが口の中の濃厚さをさっと流し、またステーキをひと口、止まらない。ちなみに同店はワインがリーズナブルだ。日比谷のこの一等地で、和牛ステーキを食べて、ワイン代込みでディナーの客単価は5000円を切るという。
「赤坂時代からいいものを多くの方に気軽に楽しんでいただきたいという思いを貫いており、いいお肉とワインをお手ごろに提供しています。正直、大変ですが、赤坂での常連さんが今も通い続けてくださっています」(河野さん)

おなかが満たされた最後、4軒目は「WHISKY HOUSE MADURO(ウィスキーハウス マデューロ)」へ。横浜にあるバーの東京初出店だ。ウイスキーバーというと通の中高年男性がしっぽり集うイメージで、女性やウイスキー初心者には敷居が高い。が、ここは全面ガラス張りの開放的な外観で、ふらりと入りやすい。
しかもよく見ると、壁一面にずらりと並んだボトルには、1000円、1500円、3500円と銘柄ごとに税込み価格が明記されている。すべて1ショット(40ミリリットル)の値段で、ストレート、ロック、ソーダ割りとどんな飲み方でも価格は同じ。量を飲めない人や、飲み比べをしたい人には2分の1ショット(20ミリリットル)でも注文可能で、ぽっきり半額になる。

ジャズが流れるムーディーな大人の空間ながら、潔いほどの明朗会計で安心して飲める。マネジャーの森島一希さんいわく「ウイスキーバーでは通常1ショット30ミリリットルで提供している店が多いですが、うちは40ミリリットルなのでお得です。チャージ代もご請求しません。お仕事帰りの女性が一人で飲みに来ることもあり、性別や世代、ウイスキーの経験値を問わず幅広い方にご利用いただいています」
平日は15時30分(土日祝日は14時)から営業。オクロジ内や近辺で食事を済ませた後の2店目の利用が多く、21~22時頃がピークだそうだが、スタンディングバーなので気軽に立ち寄れるだろう。

以上、大人客に特におすすめの4店を紹介した。取材中、興味深かったのはオクロジ全体に「大人感」が漂っていること。よく商業施設から放たれるような喧騒(けんそう)は控えめで、訪れた人がそれぞれ、美術館でアートを鑑賞するようにしっとりと飲み、空間を楽しんでいるのである。「日比谷オクロジ」の名前は銀座の「奥」にある隠れた「路地」から付けたそうだ。大人版・不思議な国のアリスが迷い込みそうな秘密の通路を、のぞきに来てはいかがだろう。
(フードライター 浅野陽子)
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