きょうは「キリン探し」で街歩き 日常世界変える作法
立川吉笑
先日、師匠から「最近は犬vs.猫ゲームをしてるんだよー」と教えていただいた。
仕事のない日は午前中から都内各地で、結構な距離をウオーキングされている師匠。その道中で、犬とすれ違ったら犬チームに1点。猫とすれ違ったら猫チームに1点。ウオーキング終了時点でどっちのチームの点数が高いか勝負されているとのこと。……なにそれ!(笑)
師匠の犬vs.猫ゲームはハンディあり
師匠の話はさらに続く。
「このルールだと、犬チームが圧倒的に有利なんだよ。散歩している犬の多いこと! だから、猫チームはハンディとして、すれ違わなくても目撃した時点で1点入れることにしてるんだ」。大きな黒目を輝かせながら喜々として語る師匠。
「それでも犬チームが強いからさぁ、最近は犬が前から歩いてきたらすれ違わないように引き返すようにしてるんだよ! 特別ルールでさ、赤ちゃんとすれ違ったら犬チームがマイナス1点ということにしてるんだ。それで、きょうは猫チームが勝ったよ!」
これが我が師匠、立川流四天王の一人。六代目立川談笑だ。
僕はこの話を聞いて、やっぱり師匠の考え方が大好きだと思った。犬とすれ違おうが、猫とすれ違おうが、本当なら別にどうでもいいことだけど、そこにポイント制の対決という企画性を加えることで日常が違って見えてくる。それはまさに拡張現実的で、僕はそんな企画や考え方にグッとくる。
このエピソードで最高なのは、前方から犬が来たら引き返して回避しようとされるところ。自分で作ったルールに翻弄されて、本来の自分の行動自体が変容してしまっている。こういう状況にぞくぞくする。
これはもちろん笑い話的な要素も含まれていて、聞いた瞬間にふふっと笑えるけど、一方でよく考えたら普段の自分の生活と何ら違いがないことに気づく。猫チームを勝たせたいがために前からきた犬を避けようとする師匠は滑稽にみえる。「自分で作った無意味なルールに振り回されちゃってるよ」と。
でもこうやって締め切りに追われながら原稿を書いたり、そこで得たお金で新しい服を買ったり、眠たいけど仕事に遅れるからと無理して早起きすることなんかも、前からきた犬を避ける行為と大差ないのではないか。生まれた瞬間から1984年生まれという無意味な暦というルールに乗っかり、そのまま資本主義という無意味なルールに乗っかり、死ぬまで生きていく。張りぼてに囲まれた世界で、人生という名のままごとに興じているだけだと考えるのはニヒル過ぎるか。
師匠には言わなかったけど、実は僕も「犬vs.猫ゲーム」に似たゲームをやっていたことがある。その名も「キリンゲーム」。僕の場合、探すのは犬や猫でなくキリンだ。
妻と付き合い始めた当初、自由が丘(東京・目黒)の街を歩いていて、ふと「きょうはキリンをよく見かけるなぁ」と思った日があった。すれ違う人のTシャツにプリントされていたり、雑貨屋の入り口にオブジェが置かれていたり。そこで何気なく「今日はキリンを探そうか」と、30歳過ぎの男のデートプランとしては前代未聞の提案をした。
幸い妻もそういうことに乗っかって楽しんでくれる性格だったから、一日かけて二人でキリン探しに興じた。
実際に皆様にもやっていただきたいけど「キリン」というチョイスが良い塩梅(あんばい)で、いそうでいない。でも、いなさそうでいるという抜群のゲームバランスだ。
別にキリンがいたから何がどうなるというわけじゃないけど、たった1つ「キリンを探す」という企画性を駆動させただけで、キリンを見つけた瞬間に鋭い喜びを感じることができる。僕たちはただ通り過ぎていく事象に対して、意図的に喜びを見いだすことができるのだ。
いつものトンネルでドキドキ
この日のハイライトはキリンを求めて新宿に移動した時のこと。駅の東口側から西口側に通り抜ける大ガード下に市民ギャラリーのような形で絵が展示されていることを知っていた僕は妻に「このトンネルの中にキリンがいる」と予告した。これも企画性の一つで、実際にキリンがいたら盛り上がるし、キリンがいなくても「おかしいなぁ」と盛り上がることができる。どちらに転んでも楽しめる便利な趣向だ。
いつもなら早歩きで通り抜けるトンネルを、この日ばかりはドキドキしながらゆっくりと歩いた。幸運にも子供たちの絵が展示してある時期で、並んでいる絵には様々な動物が描かれていたから「これは絶対キリンがいる」と興奮した。でも結果的にキリンはいなかった。
ところが「あー、キリンはいなかったねぇ」と残念がる妻が今きたトンネルの方に振り返ると、すぐ横の山手線の線路を支える壁にめちゃくちゃ大きなキリンが描かれていて「キリンだ!!」と二人で飛び跳ねて喜んだ。
同じ現実空間を行き来するにしても、眺めるレイヤー(階層)を変えるだけで世界はガラッと変わる。「犬vs.猫ゲーム」レイヤーで街を歩けば、案外1日の中で赤ちゃんと会うことって少ないなと気づくし、「キリンゲーム」レイヤーで歩けば、小児科の入り口にはキリンのイラストが結構描かれていると気づける。
「落ちてる片手袋探し」レイヤーで街を切り取っている人もいるし、「逆さに読んでも言葉になる看板探し」レイヤーで街を切り取っている人もいる。子供の頃、酒瓶のキャップを集めるのに夢中になったことがある。大人になった僕たちは「何をばかなことを」と一笑に付してしまいがちだけど、人生の大半の時間をかけて働き稼いだお金で35年ローンを返済している大人をみて、「何をばかなことを」と笑っている子供がいてもおかしくない。
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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