2020/11/3

退職招く転勤への疑問、メリット残しながら制度を構築

吉野さんは同僚や部下の女性が自身や夫の転勤を機に退職した例を見てきた。「キャリアを諦めなければならない転勤が本当に必要なのかと感じた」。一方で、ほかの地域の支店の営業手法を学ぶ重要性も否定できない。転勤のメリットを残しつつ、勤務地を変えずに働き続けられる仕組みを目指して動いている。

離職せず、キャリア継続を選ぶ人が増えれば会社にも大きなメリットになる。人事企画部ユニット長の水野英樹さんは「採用にもプラスに働く可能性がある」と期待する。

多様なキャリアを築くには転勤が不可欠とされてきた金融業界でも、リモートでほかの拠点の仕事をすることを後押しする取り組みが進む。同業界は採用段階でどこでも転勤可能なグローバル職と地域限定のエリア職に分けるのが一般的だ。多くの女性がエリア職を選ぶため業務が限られ、昇進スピードも遅かった。

東京海上日動火災保険は今年9月、地域限定社員も東京の事業に参画できる「プロジェクトリクエスト制度」を導入した。地域限定社員の職域を広げ、キャリア形成を支援する狙いだ。

地方で働く社員が本社の企画に参加する「プロジェクトリクエスト制度」を利用し、会議に参加する渡辺祐子さん(中央、東京都千代田区の東京海上日動火災保険)

名古屋損害サービス第一部の渡辺祐子さんは、社内の学びとコミュニケーションの企画・運営プロジェクトに参加する。通常業務のかたわら、リモート会議や社員インタビューなどをこなしてきた。

最近ではワーケーションへの社内の関心が高まっていることを受けて、オンラインイベントを開催。「全国の魅力的な社員と知り合うことができ、刺激をもらっている」と話す。メンバー16人のうち7人は女性で、4人が地方で働いている。

同社には以前から他の部門に挑戦する「ジョブリクエスト制度」があるが、地方の社員は一般に転居が求められる。ただ、渡辺さんは「今後はジョブリクエストでも転居の必要がなくなるかも」と感じている。

転勤の有無で昇格の差、解消の動きも

明治安田生命保険やアフラック生命保険も、本社部門に所属しながら地方拠点で働く職種を新設する。配偶者の転勤の際などにも働き続けられる仕組みを整える。

処遇を改めるのは損害保険ジャパンだ。21年からグローバル職とエリア職それぞれに定めていた昇格の差をなくし、呼称も廃止する。これまでグローバル職は入社の翌年に2等級に昇格したが、エリア職は入社翌年に1等級、数年後に2等級とスピードに差があった。今後は転勤の有無にかかわらず、能力発揮に応じて昇格する「人物本位」の人事運用とする。

転勤はこれまで多くの企業で組織継続のため欠かせないとみられてきた。先行企業が転勤前提の人事運用に代替する成功例を示せれば、「脱転勤」に追随する動きが広がり、女性のキャリア継続を阻んできた障壁の1つが破れるかもしれない。

■見直し迫られる転勤制度 自ら勤務地選ぶ時代に
 働き手が勤務地やキャリア形成を企業に一任する日本式のメンバーシップ型雇用の限界は、このコロナ禍で一層認識されるようになった。転勤問題に詳しい法政大学の武石恵美子教授は「転勤がすべて不要というわけではない」と前置きしつつ、「労働力人口が減少し経営環境も変化している。転勤が果たしてきた従来の人材育成方法が今後も同じように機能するとは限らない」と指摘する。
 武石教授は「改めて不可欠な転勤とは何かを問い直し、人事管理制度全体の見直しを進めることが必要だ」とも話す。リモート勤務などの工夫で対処できる実例を取材し、働く場所やキャリアを働き手自らが選択するのが当たり前、という時代が近づいているのかもしれないと感じた。
(浜美佐、女性面編集長 中村奈都子)

[日本経済新聞朝刊2020年11月2日付]