2020/11/8

世界中の研究者たちがコロナ対策に集中したおかげで、驚くほど短期間に、多くの情報が得られた。動物からヒトへの感染が初めて確認されてから数週間でウイルスの全ゲノム配列が解読され、2020年夏までには米国で270種を超える治療薬候補の臨床試験が始まった。ワクチン開発には、米国、中国、英国、インド、ドイツ、スペイン、カナダ、タイなど多くの国の研究チームが総力を挙げて取り組み、8月初めまでに165以上の候補が出そろった。開発のペースがあまりに速いため、日ごろは新薬の認可には大規模な臨床試験が不可欠だと力説する、極端に慎重な現実主義者のファウチ所長でさえ、21年早々にはワクチンが入手できる可能性があると、「慎重ながらも楽観的な見方」を示したほどだ。その見通しが当たれば、これまでのワクチン開発の最速記録を3年も短縮できることになる。

ただ早く結果を出そうと焦るあまりに、科学そのものが評判を落とすことだ。研究者たちがとるべき手順を便宜的に省いたり、データに基づく結論から大幅に飛躍した見解を発表したりすれば、自分たちが依拠している方法を意図せずおとしめることになりかねない。モースと話をして程なく、私は米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の疫学者と生物統計学者のチームが発表した論文を読んだ。実際そこには、今回の感染症に関する初期の研究の多くは、データ処理に問題があり、有用性が低いことが示唆されていた。

中国、米国などの国々で初期に実施された201件の臨床試験を精査したところ、手順を省いたものが多数あったという。治療の有効性を明確に定義していない論文が3分の1を占め、半数近くは被験者が100人以下と規模が小さく、参考外だった。解釈の偏りを防ぐため、どの患者が試験中の治療を受けたか、医師にわからないようにする「盲検法」をとっていないものは3分の2にのぼった。

とはいえ、見方によっては希望はある。新型コロナウイルスの解明に苦戦する科学者たちの姿を目の当たりにすることで、科学のプロセスについて、社会全体の理解が深まるかもしれないからだ。科学に懐疑的だった人たちも、パンデミックをきっかけに、人類の繁栄のために科学の発見が果たす重要な役割を理解するかもしれない。

科学者たちの試行錯誤が一般の人々の目に留まることは、最終的に良い効果を生むかもしれない。科学に対する信頼を構築する最善の方法は結局、仮説の検証と修正を何度も繰り返す過程を包み隠さず人々に見せることだ。パンデミックの解決策を一刻も早く知りたい人々はイライラするかもしれないが、それは私たちが生き延びて、前に進めるような研究結果を導き出すただ一つの方法なのである。

(文 ロビン・マランツ・ヘニグ、写真 ジャイルズ・プライス、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年11月号の記事を再構成]

[参考]ナショナル ジオグラフィック日本版2020年11月号は、新型コロナウイルスをまるごと1冊で大特集。ここでダイジェストで紹介した記事「それでも科学を信じる」は、その中の特集の一つです。このほか、ベルギー、インドネシア、ヨルダンなど世界各地のリポートや、パンデミックで試される人間性、データを基にしたグラフィックなどで、新型コロナの現状や解決すべき課題を取り上げています。Twitter/Instagram @natgeomagjp

ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年11月号[雑誌]

著者 : ナショナル ジオグラフィック
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 1,210 円(税込み)