日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/11/11

「人に利用される動物」撮影秘話

ルース氏が受賞したホッキョクグマの写真は、同氏と筆者が「ナショナル ジオグラフィック」19年6月号の特集「観光と動物とSNS」でワイルドライフツーリズム(野生動物観光)について報じた際、ロシアで行われている野生動物の曲芸を記録するために撮影した。ホッキョクグマとともに移動するサーカス団の情報を聞いて、「大急ぎで取材計画を変更し、(ロシア南西部)カザンへの36時間の移動をスケジュールに押し込みました。現存する唯一の芸を仕込まれたホッキョクグマたちをこの目で見なければならないと思ったためです」とルース氏は振り返る。

18年11月3日、ルース氏と筆者はサーカスオンアイス(氷上サーカス)でホッキョクグマ4頭の曲芸を見た。クマたちは口輪をはめられ、調教師たちは金属の棒を持っていた。クマたちはバスケットボールをキャッチしたり、後ろ脚で立ち、楽器演奏のまねをしたり、社交ダンスを踊ったりした。曲芸の合間には、観客へのサービスとして、氷上を転げ回り、氷を引っかいたり、なめたりしていた。

この撮影では、苦労してカメラトラップを設置し何カ月も待つ必要はなかったが、いくつかの障害があった。

「私が直面した課題は、ほかの野生生物写真家たちとは全く異なるものだと思います。何しろ私は劇場の座席にいたのですから」。ルース氏と筆者は観客としてチケットを購入したため、移動できる範囲は限られていた。「座席から動かず、青い安全ネット越しに、望遠レンズで撮影しなければなりませんでした」

米国のカーステン・ルース氏がロシアの氷上サーカスで撮影したホッキョクグマの曲芸。「ワイルドライフ・フォトジャーナリズム」単写真部門の最優秀賞に輝いた。調教師が金属の棒で指示を出し、口輪をはめられたホッキョクグマが芸を披露。曲芸の合間には、観客へのサービスとして、クマたちが氷上に横たわり、氷に体をこすり付けていた(PHOTOGRAPH BY KIRSTEN LUCE, WILDLIFE PHOTOGRAPHER OF THE YEAR)

「読者はこの写真に衝撃を受け、驚くと思いました。ホッキョクグマは自然保護の象徴と見なされることが多いためです」。19年の記事に掲載されたルース氏の写真のうち、タイのビーチで観光客と写真撮影するゾウ、ロシアの移動サーカスで曲芸するシロイルカの写真も同じ部門で入賞した。

写真家のポール・ヒルトン氏も野生動物の搾取に関する作品で受賞した。バリ島の鳥市場で鎖につながれたサルの写真など、世界的な野生生物取引をテーマにしたプロジェクトが「ワイルドライフ・フォトジャーナリスト・ストーリー」部門の最優秀賞に選ばれた。

「こうした写真がソーシャルメディアやインターネットで拡散し始めています。人々の心を呼び覚ましているようです」とルース氏は話す。これらの写真が注目を集めれば、人に利用されている野生動物の苦しみを無視することは難しくなるだろう。

次ページでも、世界最高峰と言われる野生生物写真コンテストの受賞作をご覧いただこう。地球で日々、活動しているのは、私たち人間だけではないことをあらためて感じさせてくれる作品ばかりだ。

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