ホンダe 半端ない作り込みは「売れないEV」の挑戦状
ホンダ初の量産電気自動車(EV)「ホンダe」。コンパクトでスタイリッシュなデザインに、先進テクノロジーをこれでもかと詰め込んだ、未来を先取りするかのような意欲作だ。ところが国内販売予定はわずか年間1000台(第1期は販売予定台数に達し、10月30日現在、注文を一時停止中)。なぜホンダはこのクルマをつくったのか。小沢コージ氏がリポートする。
国内向けは「たった1000台」の不思議
キュートでよく走ると話題のホンダ初の量産EV「ホンダe」に試乗できる日がようやく巡ってきた。とにかく魅力的。メチャクチャ楽しい走り、スタイリッシュな外観デザイン、そして未来空間のようなインテリアと、ワクワクするようなクルマに仕上がっている。ところが、国内の販売目標を聞いてみると年間わずか1000台。あまりの少なさに驚いて開発責任者の一瀬智史氏にたずねたところ、こんな率直な返事が返ってきた。
「ホンダeはもともとヨーロッパのCAFE対応で開発したクルマ。今のところヨーロッパ市場がメインなんです」
「CAFE(Corporate Average Fuel Economy)」とは、企業別平均燃費基準のこと。欧州では温暖化ガスを削減する目的で、非常に厳しい基準が設定されることになっている。欧州CAFEの基準は走行1キロメートル当たりの二酸化炭素(CO2)排出量という形で規定され、各自動車メーカーは、販売したすべての乗用車の平均値が基準を下回らなくてはならない。
この基準値は、2019年まで走行1キロメートル当たり130グラムだったが、21年には走行1キロメートル当たり95グラムという厳しい基準に本格移行する。もしこの基準を達成できないと、販売1台当たり未達分1グラムにつき95ユーロという高額の罰金が自動車メーカーに科されるのだ。
つまり、ある自動車メーカーのCO2排出量の平均が走行1キロメートル当たり105グラムだとしたら、10グラムのオーバーだ。すると10グラム×95ユーロで、1台当たり950ユーロ(1ユーロ125円で換算すると11万8750円)の罰金を、欧州内での販売台数分支払わなければならない。英調査会社PAコンサルティングは、主要13社の21年の罰金の合計額は1.8兆円にも達すると予測するほどの一大事だ。
では21年から本格適用される走行1キロメートル当たり95グラムというのは、どれくらい厳しい数値なのか。英調査会社JATOダイナミクスによると、EU域内で販売している主要20ブランドの中で、19年時点でこの新基準をクリアしている自動車メーカーはなかった。ハイブリッドを多数持ち、平均燃費で独走状態のトヨタでさえクリアできないほど厳しい規制なのだ。
販売数よりブランディングが目的か
正直こんなに厳しい規制は、従来のやり方では対応しきれない。というわけで、今、自動車メーカーはやっきになって欧州向けEVをつくり、平均のCO2排出量を落とそうとしている。その必要性は欧州ではまさに「待ったなし」で、だからこそホンダも「ホンダe」をつくったというわけだ。
とはいえ、日本での販売目標が年間1000台では、欧州の年間1万台に比べて少な過ぎだ。価格も欧州と比べてほぼ100万円高い451万円からとなっている。いくら欧州向けだとはいえ、お膝元の日本でこれでは消極的過ぎないだろうか。
聞くところによると、「ホンダe」はほぼすべてが新設計である上、今までにないエンタメ要素やコネクティビティー装備を載せたため、大量につくることができず、現状あまり利益が出ないらしい。大容量電池を必要とするEVということもあって原価が高く、いくら売ってももうからないクルマだけに「国内ではあまり売りたくない」というのが本音らしいのだ。
欧州のCAFEをクリアするための苦肉の策である「ホンダe」だが、それだけではつまらないので、ホンダ的ブランディングを兼ねて他にないユニークなEVに仕立てた。それが今までにないキュートな変わり者EV、「ホンダe」の実態のようだ。
コンパクトボディーにホンダらしい提案がぎっしり
そんな経緯で生まれた「ホンダe」だが、その作り込みはすごい。プラットホームはフィットやN-BOXの流用かと思いきや、完全新作。それはフレームがまっすぐ通ったフロア構造を見ればよく分かる。
全長3.9メートル以下という驚きのコンパクトボディーながら、フロアには35.5キロワット時(kWh)という(ホンダにしては)大容量のリチウムイオン電池をガッチリ搭載。室内空間も身長176センチメートルの小沢くらいの成人男子が前後に4、5人乗れる。もっともリアシートは床が高すぎてシートから多少ひざ裏が浮いてしまうのだが。ラゲッジスペースは171リットルと、必要最低限だ。
そんなコンパクトボディーの中に、いろんな提案が詰め込んであるのがホンダらしい。インパネには、なんと5つものモニターを水平配置した世界初のワイドビジョンインストルメントパネル搭載。通常のナビ画面だけでなく、春夏秋冬の美しい風景や、魚が泳ぐ水槽を映し出すこともできる。ホンダ初のAI(人工知能)エージェント「ホンダパーソナルアシスタント」が音声認識でドライバーの指示に対応し、サイドミラーの代わりにカメラが両サイドに設置され、車内のモニターで背後を映し出す。
圧巻なのは、その走り。前後重量配分が50対50でリアモーターという理想的レイアウトのおかげで、とにかくメチャクチャ楽しい。高剛性ボディーが静かで良好な乗り心地を実現。しかもステアリングを切った通りにスポーツカーのように曲がる。それはまさに電動レーシングカートのようなフィーリングで、「ホンダe」は確かに今までにない電動車ならではシティー派エンタメ空間となっている。
もちろん電池量35.5kWh、実質的にわずか200キロメートル程度しか走行できない航続性能はイマドキのEVとしては物足りないし(カタログ値はWLTCモードで259~283キロメートル)、短距離移動用と割り切ったパッケージングも今のEVトレンドに反しているように見える。
でも、そうではない。「ホンダe」はホンダが売れないと分かっていながら、あえてつくった世界のEV界への挑戦状であり、アンチテーゼなのだ。「EVは大量の重い電池を積んで長距離走るのではなく、街中の短距離をストップ&ゴーしながら走るのが得意な乗り物。ホンダeはまさに街中ベストを目指して作り込んだのです」(一瀬氏)
売れ行きを考えずトレンドも無視した、自己主張だらけのドン・キホーテのようなコンパクトEV。それが「ホンダe」の本質なのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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