進化するレトロ喫茶 元格闘家3代目が放つ新メニュー

思い出横丁入り口の但馬屋珈琲店本店。看板の文字は現社長の奥様のつてで書家に書いてもらった
思い出横丁入り口の但馬屋珈琲店本店。看板の文字は現社長の奥様のつてで書家に書いてもらった

昭和の風情を色濃く残す、東京・新宿のレトロ喫茶店「但馬屋珈琲店」。いずれその経営を引き継ぐ3代目が、思案に思案を重ねている。

コロナ禍をどうしのぎきるか。歴史を重ねた店の何を変え、何を変えないか。そして新たな成長の糧を何に求めるのか……。静かに悩んでいるだけではない。元格闘家らしく軽いフットワークで、攻めのパンチも繰り出し続ける。

新宿駅西口、JRの線路に沿って伸びる飲み屋街「思い出横丁」の入り口に、但馬屋珈琲店の本店がたたずむ。喫茶店の開業は1964年。明治・大正時代の商家をほうふつとさせる、武骨な木組みに漆喰(しっくい)風の白壁を合わせた外観で、木造の店内にも時代の香りが満ちる。1、2階にカウンターが据えられ、一隅には自在鉤(かぎ)が下がる。ちょっと薄暗くて、壁にはタバコのヤニが染みついて。ここには「今風」の片りんもうかがえない。

運営するイナバ商事(東京・新宿)の常務で、創業家3代目の倉田光敏さんは「この空間こそが大事な売り物」と話す。

「少し男性的ですが、店のイメージは今のままでいいと思います。この雰囲気でホッと一息つくお客は多い。時代が変わってもこれは変えちゃいけない。のんびり本を読んだり、アイデアをひねり出したり。そんなことができる空間の提供が、喫茶店本来のあり方かな、と思う」

社長の倉田雄一さんを中心に。右が長男で常務の光敏さん、左は長女の伊東直美さん

コンセプトは「大人のひととき 通の味」。中心ターゲットのイメージは「時間とお金にゆとりのある40~50代の紳士」だという。自家焙煎(ばいせん)のネルドリップで淹(い)れるコーヒーは深煎りでしっかりコクのある一杯。種類は豊富で、各国の代表的銘柄のほかマラウィ産ゲイシャ(750円)や、ジャコウネコのフンから採った豆「コピルアック」(3500円)もそろえる。大半は750円とやや高めだが「この空間の入場料と思っていただけたら」。

現在、但馬屋系列の店は本店を含めて新宿に4店(うち1店は別会社が運営)、吉祥寺に1店ある。店構えやメニューは店ごとに一部異なるが、おおむね本店を踏襲している。複数店を抱え、自家焙煎で、フルサービスのレトロな純喫茶、という業態はそれほど多くない。「その“かけ算”がウチの勝負のしどころ」と言う。

コロナショック前のコーヒーブームの主役は、サードウエーブ系カフェだけではない。昔ながらの純喫茶に対する消費者の関心も呼びさました。多種多様な店が百家争鳴する日本独特の喫茶文化はこの時期、一段と厚みを増した。但馬屋もその恩恵に浴した業者の一つ。本店は一見、常連客以外は入りにくそうな雰囲気も漂うが、若いカップルや一人客も頻繁に訪れる。

もっとも、個性の現状維持だけでは生き残れない。同じレトロ喫茶でも、経営の事情は単独店とは異なる。光敏さんは家業に参加した2015年以来、矢継ぎ早に改革の手を打ってきた。