まずは供給サイド。状況が整わないうちに、さまざまな規制やソーシャルディスタンスのルールを緩めれば、再び感染が拡大してしまうでしょう。大多数の科学者はそう考えています。そうなると、より多くの従業員や労働者が感染し、操業できなくなる企業も増えてしまいます。
一方、需要サイドはどうでしょうか。この議論は、結局、基本的に経済を決定している「感情」の問題となります。経済を実際に動かすのは消費者の感情なのだから、安全であると確信しない限り、どのような形でも「平常」には戻らないのです。
(1.マクロリセット 45ページ)
ほかの分野についても簡単に触れておきましょう。「社会基盤」は、格差の問題とリンクします。先進国と途上国の経済格差に加え、21世に入ってから先進国を含めた多くの国で社会階層による格差の拡大が指摘されています。コロナは格差や社会的断絶を深めるのでしょうか。あるいは、災厄が逆に人々にレベライゼーション(均一化)をもたらすのでしょうか。「地政学」に関しては、特に国際社会の力学にフォーカスして議論が進められます。とりわけ、中国と米国の対立が鍵となります。
世界経済フォーラムに深く関わる2人の賢人は、いずれのテーマでも広く深く目配せしながら、問題の所在を浮き彫りにしていきます。第2章「ミクロ」では、パンデミックによる影響が特に大きい産業を中心に、再生へ向けたリセットの方向性を探っていきました。旅行 ・ 観光業、 接客サービス業、 エンターテインメント、 小売業、 航空宇宙産業。さらにはビッグテック、銀行、保険、自動車産業、そして電力産業を取り上げます。
ミクロリセットは、あらゆる業界のすべての企業に、ビジネスや働き方、運営の新しい方法を試すことを強いることになります。それゆえ「昔のやり方に戻ろうとする企業は失敗することになり、迅速性と想像力を持って順応する企業が最終的にコロナ危機を飛躍のチャンスとすることができるだろう」と著者は助言します。
個人のマインド・リセット
最終章では、個人がどう意識を変えて、どう行動を変えることができるかを問います。リセットして、新しい一歩を踏み出すとき、それをよりよい社会へとつなげる力が個人にはあるという信念が行間からうかがえます。
(3. 個人のリセット 255ページ)
今回の紹介記事の最後に、著者たちが世界に向かって発信しているメッセージを引用しましょう。
「コロナ危機によって私たちの失敗があらわになり、断層の存在も明らかになった。私たちは否応なく、失敗したアイデア、制度、手続きやルールを、現在やこれからのニーズに合わせて早急に刷新しなければならない。これが、グレート・リセットの大原則だ」
「パンデミックというグローバルな体験を共有したことで、危機と共に見えてきた諸問題に少しでも歯止めをかけられるだろうか? ロックダウン後に、よりよい社会が姿を現すだろうか?」
この問いの答えを探し、未来を創っていくのは私たち自身です。
◆編集者からひとこと 日経ナショナル ジオグラフィック社・尾崎憲和
2020年に世界を覆ったパンデミックは、すでに起きつつあった変化を劇的に加速した――。これが本書の見立てです。確実に言えるのは「今、行動を起こして社会をリセットしなければ、私たちの未来は深刻なダメージを受ける」ということ。今起きていることと、これから何が起きるのかを提示しつつ、より良い未来を導くヒントを示します。
著者の一人であるクラウス・シュワブが会長を務める世界経済フォーラムは、世界のリーダーたちが連携する国際機関。スイスの保養地ダボスで開催される年次総会(ダボス会議)には、著名な政治家や実業家、学者らが招かれ、意見を交わします。本書は、次のダボス会議のテーマとなる「グレート・リセット」を余すところなく解説しています。
テーマが網羅的で現在と未来を俯瞰して理解できること、論の寄せ集めでなく一貫した思想に基づいていること、著者が世界のトップとつながりを持つ人物であることなどから、数あるコロナ関連書籍とは一線を画す本だと思います。英語版がこの夏に出版された後、ドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語、中国語、そして日本語で矢継ぎ早に翻訳されました。世界のリーダーたちに今、読まれるべきビジネス書だと思います。