コロナの症状、妊産婦の4人に1人が2カ月継続 米調査
新型コロナウイルスの感染者が増え始めた今年の春、バネッサ・ジャコビー医師が真っ先に心配したのは、妊娠中の人たちのことだった。
妊婦が感染症にかかると、一般の人々よりも重症化しやすい。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の産婦人科医であるジャコビー氏は、この事実を熟知していた。2009年にH1N1型の新型インフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)が起きた際には、人口の1%しかいない妊婦が死者の5%を占める結果となった。
だが今回の新型コロナのパンデミックが始まった頃は、ウイルスに関する情報が乏しかっただけでなく、妊婦というリスクの高いグループのことが見過ごされがちだった。
「当初、患者さんたちの質問にどう答えていいかわからないことが何度もありました」とジャコビー氏は振り返る。「私たちは、早急に答えが必要だと実感していました」
そこでジャコビー氏と同僚たちは知識の空白を埋めようと、妊娠中または最近まで妊娠していた人たち(妊産婦)を対象に大規模な調査を行った。そのうち、新型コロナの症状があり、かつ検査で陽性と判定された594人の分析結果が、2020年10月7日付で学術誌「Obstetrics & Gynecology」に発表された。
論文によると、半数は発症後3週間も症状が続き、25%は2カ月も症状が残っていた。通常なら、軽症の場合は2週間で症状が消えることが多いのに比べると、症状が長引いたと言える。なお、調査対象者の大半は外来患者だった。
また、症状の現れ方も、妊産婦ではない患者とは異なっていた。例えば、発熱は新型コロナ感染症の典型的な症状だが、発熱はまれだった。発症初期に発熱があったのはわずか12%で、発症1週間後にも発熱症状があったのは5%だけだった。一方で、咳(せき)、嗅覚障害、倦怠(けんたい)感、息切れといった他の症状が最長2カ月間続いた人は、少ないが無視できない割合で含まれていた。
このように妊産婦の新型コロナの経過に関する情報が集まれば、患者や医療関係者は、いつ助けを求めるべきか、発症したら次に何が起こると予測すべきかについて理解が深まる。また、多くの研究者を悩ませている「長期患者」の増加、つまり数カ月以上も新型コロナの症状が続くケースが増えていることについて、別の側面から考察する助けになる。
ジャコビー氏は、他の3人の研究者とともに率いた今回の研究について、これはまだ初期段階の結果だとし、今後数カ月かけて参加者をより詳しく分析したいと考えている。
「このデータベースからは、さらに多くのことがわかるでしょう」と、米ミネソタ大学の母体胎児医学部門の助教授であるサラ・クロス氏は言う。氏はこの調査には参加していないが、「この調査にはわくわくしながら注目しています」と話している。
全速力でスタートした調査
今回の調査は、「妊産婦の新型コロナウイルス感染症の経過に関するレジストリー(Pregnancy Coronavirus Outcomes Registry)」、略称「PRIORITY」という野心的なプロジェクトの一環として実施された。レジストリーとは登録した患者の観察研究のこと。PRIORITYでは、新型コロナに感染した妊産婦のデータベースを全米規模で構築し、登録者と生まれた子どもの健康状態を、出産後1年にわたって追跡する。
今年の早春、米国で新型コロナの感染者数が爆発的に増加し、医療現場の逼迫や個人用保護具の不足に関する懸念が高まった。そこでジャコビー氏らは、全速力でデータベースを構築した。
「通常なら3カ月かかる作業を、ほぼ2週間半で終えました」とジャコビー氏は振り返る。「とにかく緊急に必要だと感じたからです」
妊娠は、体の機能に大きな変化をもたらす。免疫系がわずかに抑制され、一部の感染症にかかりやすくなることもそのひとつだ。クロス氏によれば、その原因は単純で、臓器移植の拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を服用する理由とよく似ている。
子宮内で成長する胎児は、DNAの半分が父親に由来する。母体の免疫系にとって、このDNAは外部からの侵入者にあたる。そこで、胎児を成長させるために、母体は防御力を調整しなければならないのだ。
また、妊娠中は2つの理由から肺に負担がかかることがある。ひとつは、子宮が大きくなるにつれて横隔膜が圧迫されることだ。横隔膜は、肺が空気を取り入れる量をコントロールする平らな筋肉だ。横隔膜が圧迫されると、母体の呼吸能力は低下する。一方で、胎児は成長するにつれて、より多くの酸素を必要とするようになる。この2点から、妊婦の肺は「やや弱くなります」とクロス氏は説明している。
人種の多様性を確保
PRIORITYチームは3月22日に調査参加者の登録を始めた。今、データベースには全米各地の1333人が登録されている。今回の論文では7月10日までの登録者が対象で、新型コロナ感染が確認された約600人の妊産婦が含まれている。
当初から、人種の多様性は参加者登録の重要な焦点だったとジャコビー氏は言う。新型コロナの感染が始まる前から、制度的人種差別は長年、医療へのアクセスや社会経済的な機会に多大な格差を生じさせてきた。それは妊婦の死亡率にも表れている。米国では、黒人女性が妊娠中に合併症で亡くなる割合は、最大で白人女性の6倍にも上る。
パンデミックは、こうした格差を浮き彫りにしている。新型コロナで入院する割合を比べると、黒人とヒスパニック系の人々は白人の5倍に近い。人種の多様性を確保したPRIORITYの調査で、病気の経過に関して、こうした影響を受けやすいコミュニティーに特有の問題にも取り組めるだろう。今回の調査では、黒人、先住民、その他有色人種が41%含まれており、15%が英語以外の言語で登録した。
「当然ですが、言語が違ってもウイルスへの感染のしやすさに差はありません」とジャコビー氏はくぎを刺す。
また、これまでの新型コロナと妊娠に関する研究の多くは、中等症から重症の入院患者を対象に行われてきたのに対し、PRIORITYの参加者の95%は、米国の大半の感染者と同じく、自宅療養した人々だ。そのねらいは、この病気の典型的な経過を、妊産婦だけでなく全米のコミュニティーについて把握することにあった。
「友人や近所の人々、家族にいてもおかしくない、新型コロナに感染したけれども入院が必要なほどではない人たちが対象になっています」とジャコビー氏は言う。
長引く理由は謎のまま
今回の結果を総合的に見ると、新型コロナに感染した多くの妊産婦で症状が長引いた可能性を示唆している。だが、その明確な理由はまだわかっていない。調査チームは、影響を及ぼしている潜在的な要因の解明に取り組んでいる。そのために、PRIORITYのすべての調査結果を盛り込んだ、さらに包括的な統計をまとめる予定だ。
新型コロナの長期患者については謎のままだ。通常の軽症例のように2週間で症状が消失しない理由も、どの程度の割合で長期患者となるのかもわかっていない。今のところ、長期患者に関する研究ごとに対象グループにわずかな違いがあることが、比較を難しくしているとクロス氏は指摘する。
氏はひとつの例を挙げた。あるフランスの病院の調査では、新型コロナで軽症となった成人患者の3分の2に、発症2カ月後も症状が残っているとされた。だが米疾病対策センター(CDC)が実施した電話調査では、検査の2~3週間後まで症状が残った人はわずか35%だったという。
PRIORITYの画期的な取り組みにも限界はある。今回の論文では、年収が10万ドル(約1060万円)を超える調査対象者が41%もいることから、対象となった594人は平均的に一般国民よりも裕福で高学歴だと、米アイオワ大学カーバー医科大学院の感染症専門医ホルヘ・サリナス氏は指摘している。これは、調査対象となった妊産婦の3分の1を医療関係者が占めていることが一因だ。
中国で最初の感染者が報告されてからまだ1年もたっていないが、「新型コロナは毎週のように私たちを驚かせてきました」とサリナス氏は言う。「新型コロナの長期的な影響を、数年後、数十年後も継続的に調査する必要があります」
クロス氏は、今回の調査対象には比較的裕福な人が多いため、全米の実態よりも少し「楽観的」な結果が出た可能性があると話す。
「それでも、パンデミックが新たな段階に進みつつある現在、こうした重要な調査を実施する人々がいてくれることは幸いです」と氏は言う。「信頼できるデータがあるので、患者さんに助言したり管理上の判断をしたりする際にも迷うことが少なくなります」
(文 MAYA WEI-HAAS、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年10月11日付]
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