不便や不安とともに生きる 日立×京大が示す未来『BEYOND SMART LIFE 好奇心が駆動する社会』

少子高齢化、都市一極集中、国際競争力の低下……以前からある要素に加え、最近ではパンデミック(世界的大流行)や人工知能(AI)の普及による仕事の喪失など、不安だらけだ。将来への不安に足を取られずに、未来に向かう第一歩として開いてほしいのが『BEYOND SMART LIFE 好奇心が駆動する社会』である。

本書は日立京大ラボ(正式名称=日立未来課題探索共同研究部門)の社会課題に対する研究成果をまとめたもの。同ラボは、「未来の社会課題を洞察し、その課題解決と経済発展の両立に向けた新たなイノベーションを創出する」ことを目的に、京都大学と日立製作所により設立された研究室だ。彼らの研究内容や議論、実証実験などの活動がインタビューや談話のかたちで明かされている。

やることがなくなる不安

日立京大ラボは、近い将来私たちを取り巻く社会課題を「3つの喪失」に集約している。それは(1)信じるものがなくなる、(2)頼るものがなくなる、(3)やることがなくなる、である。それぞれ、「より良い明日が来ると、信じられなくなってきている」「生命や財産を守る仕組みであった国家の先行きが不透明である」「技術の進歩で、人と関わらなくても生きていける」と言い換えられる。

このトリレンマからどのように脱却すればいいのか――この大きな問いをめぐって、社会心理学、宇宙物理学から昆虫生態学まで、学際的な見識が披露されている。そこには、テクノロジーによって便利・安全になり人間が頭を使わなくなってきた「スマート社会」を超え、人間として何をすべきかを明らかにしようという気概が横溢(おういつ)している。

例えば、川上浩司教授が研究する「不便益」。これは「不便によって生じる益」という概念だ。日立の研究者らも東京都国分寺市で「不便なアプリ」の実証実験を行っている。そのアプリは、スマートフォンで決済時、支払者と店員が同時に画面上のボタンを3秒間押さないと支払いが完了しないというもの。利用者はその3秒の間に沈黙に耐え切れず「ごちそうさま」などの対話が生まれる。これにより、店や地域の記憶が残り、人々のつながりができるのだ。こうした事例からは、効率的で便利すぎる社会ではなく「未完成なスマート社会」のもつ可能性が示唆される。

「不安」も本書のキーワードだ。神経生理学では、不安は人間から取り除くことができないことや、人間関係を作る要素であることがわかってきたそうだ。さらに不安が社会貢献を行う原動力になり、「好奇心」と表裏一体であるとも考えられるという。つまり、京都大学の山極寿一前総長の言葉を借りれば「人間の社会とは、既知の不安から身を守るために発達してきたと言っても過言ではない。ある意味、人間にとって不安は必要不可欠なものと言える」のだ。

トリレンマを脱出するためには、第一にこうした不便や不安とともに生きることが大切だと本書は説く。さらには主体性や好奇心、人との関係性についての言及もある。もしあなたがトリレンマに感ずるものがあるのなら、一読をおすすめしたい。

今回の評者=高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

BEYOND SMART LIFE 好奇心が駆動する社会

著者 : 日立京大ラボ
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980 円(税込み)

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