天空の中世都市 イタリアの「死にゆく町」チビタ

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

イタリアのチビタ・ディ・バーニョレージョ(以下、チビタ)は、消えつつある集落だ。街がたつ台地は毎年7センチずつ峡谷へと崩れ、現在、生活する人はわずか7人だ。その一方で、2019年には100万人の観光客がこの町を訪れた(PHOTOGRAPH BY CAMILLA FERRARI)

ローマから車で北へ120キロほど走ると、ドライバーはチビタ・ディ・バーニョレージョが近いことを道路標識で知る。別名「死にゆく町」だ。崩落を続ける台地の上に集落があり、4000年近く前に人が初めて住み着いて以来、地滑り、地震、浸食に悩まされてきた。近年のチビタは、およそ縦90メートル、横150メートルまで小さくなった。

現地の地質学者ルカ・コスタンティーニ氏によると、中世は、町がある台地は今の3倍の広さがあり、3000人余りが暮らしていた。しかし、チビタを囲む谷を流れる川は、時間をかけて町をすっかり崩壊させたのだ。さらに、1695年の地震で壊滅的な被害が出ると、住民の多くがここを離れた。以来、チビタの人口は回復していない。1920年代には600人が住んでいたが、今ではわずか7人が暮らすのみだ。チビタが今後も維持できるかどうかは見通せない。

皮肉なことに、この町が「消えてしまう」と言われるほど、チビタを見てみたいと考える人が増えている。現在、チビタを訪れる人は、多い日で1万人。町がなくなる、という予想は揺らいでいるかに見える。地元では、人、お金、関心が集まることで、町が守られると期待する人もいる。イタリアの他の寒村も、チビタがたどる道をじっと見守っている。

住民がいるとはいえ、チビタには食料品店も、金物店も、コンビニもない。数軒のレストランや観光客向けの小物店はあるが、チビタの住民が必要な物を買うには、姉妹関係にある隣の町、バーニョレージョまで出かける。町を結ぶ、長さ約300メートルの細い橋が頼みだ。バーニョレージョには、約72平方キロに3600人近くが暮らす。バーニョレージョの人や物資が、チビタの観光産業と住民を支えているのである。「安全ピン1本のために、時間とエネルギーをつかってバーニョレージョへ行かねばなりません。でも、それがチビタの美しさなのです」。チビタのウェブサイトにはそう記されている。

チビタに残る7人の住民の1人、トニー・コスタ・ヘイウッドさん。毎週水曜日の朝、橋を渡って姉妹町のバーニョレージョへ食料品を買い出しに行く。ヘイウッドさんと、亡き妻のアストラ・ザリーナさんは米国人建築家。1960年代にチビタに移り住み、デザイン、建築、環境管理を促進するため「チビタ研究所」を設立した(PHOTOGRAPH BY CAMILLA FERRARI)

イタリアの環境保護団体、レガンビエンテ(Legambiente)は2016年の報告書で、同様の人口減少に直面する町はイタリア国内で2500に上ると指摘した。「住民が去っていくにつれて、町の社会的、文化的、経済的な強さが壊れ、さらに多くの人が離れる要因になります」。イタリア、ローマ・トレ大学の政治学教授、セシリア・レイノー氏はこう説明する。

そのパターンを、レイノー氏はイタリア全土で目にした。18年の、イタリア国内での移住者は130万人超。そのほとんどが、農村の多い南部から都市が多い北部や中部の地域への移住で、仕事とチャンスを求めたことを理由に挙げている。

生まれた地に留まることを選んでも、子の数が少ないか、子をもうけようとしない。18年のイタリアの出生率は、現在のイタリア国家ができて以来最低だった。人口流出と少子化で、小さな町ほど人口を保てなくなっている。

人口流出の対策として、奨励金で都会などから移住者を集める試みを始めた町もある。チビタの南東約300キロのところにあるモリーゼ州の州議会議員、アントニオ・テデスキ氏は、移住してきた人に対し、州の資金で月785ドルを支給することを提案。条件は応募者が同州に5年間住み、何らかの事業を始めることだ。この取り組みに、世界中から何百もの応募があった。候補者は、州内の町に将来的に利益をもたらす可能性などで審査される。

「小さな町で小さな事業を起こすのは重要なことです。潮流に逆らって進むサイン、つまり可能性のサインだからです」。テデスキ氏はこう説明した。

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