料理上手は愛情上手、自宅で毎日料理 森高千里さん
食の履歴書
鼻に掛かる甘い歌声、ミニスカートとハイヒール――。この人は年をとるのだろうか。歌手の森高千里さん(51)は30年以上変わっていないように思える。妻で2児の母は台所に毎日立ち、家庭料理を作る。食卓に注ぐ情熱と愛情はステージと変わらない。
「きょうは何を食べたいかな」。音楽番組の収録を終え、スタッフと少しやり取りすると、真っ先に自宅へ。途中、スーパーで食材を眺め、献立を考えるのがルーティンだ。マイバッグを手に、気になった店にふらっと立ち寄る。「旬の野菜は何かな。あっ、こんなものが売ってるという発見があるんです」。料理をおいしく仕上げるために、食材選びから楽しむ。
「暮らしで一番大切なのは料理」。そう言い切る。食に対するこだわりは幼年期から。最初は小学校の下校時の買い食い。自宅と学校の中間に駄菓子屋があった。友達と一緒に小銭を片手に迷う。「きな粉餅、ミニコーラ、うまい棒……すべてが魅力的だった」。品定めして買うものが決まると、学校であったこと、噂話など、たわいない会話が飛び交う。「お菓子をつまみながらの時間は最高だった」
壁がなくなる実家のご飯
実家での食事は「ちょっと不思議だった」。ダイニングテーブルのまん中に鉄板を据え付けていた。父親の手作りか、購入したものかは分からない。「何かあると、この鉄板で焼き肉、お好み焼き。たこ焼きもおいしかった」。両親と兄と4人で食卓を囲み、ただただ会話する。「何を話す訳でもないが、相手の気分、思いが伝わってくる。鉄板を囲んだご飯って、壁がなくなるんですよね」
1986年、飲料メーカーのイメージガールコンテストで優勝した。CMや映画などに出演したが、演じることに違和感を覚えた。「自分の思いを歌で伝えたい」。歌手に絞り、作詞を始めた。簡単な言葉だが鋭いメッセージを込めた歌詞。斬新な衣装をまとい、ドラムやギターを自ら演奏するパフォーマンスで、森高ワールドを確立した。
99年に結婚、その後の出産を経て2002年に活動を制限した。理由は「育児に専念するため」。子育てと仕事の両立はできたかもしれない。ただ「家族のためにできることは料理。子供に母親の味を作ってあげたかった」と振り返る。育児も家事も「大変だったが、苦しくはなかった。自分が望んだことだから」。自然体で生活を楽しんだ。
目標は母の手料理
肉じゃが、けんちん汁、レンコンのきんぴら、野菜の煮付け――。目指したのは自らの母親の手料理だ。「母は本当に料理上手で、どれも絶品」。味はもちろん、「手際の良さが魅力だった」。学校から帰ってすぐ、試験勉強の夜食など「食べたいなって思う料理が目の前に出てきた」。
母の味を再現しようと熊本から甘めのしょうゆや味噌などを取り寄せてみる。どうしてもうまくできなくて、電話で母に助けを求めたこともある。「詳しく聞いてもすべて目分量。経験がなせるワザは数字や言葉でなかなか伝わらなかった」と笑う。
「自分のレシピで構わない。食べる人を思い、楽しむ」という結論にたどり着いた。高価な食材、調理にかけた時間だけが、おいしさを生み出すわけではない。「料理上手は愛情上手」。こんなフレーズが入った自身が作詞する子供向け番組の挿入歌「ロックン・オムレツ」は子供の目からみた、幸せな家族を歌う。求める家庭像はここにある。
唐揚げ、ハンバーグ、焼き肉――。育ち盛りの子供が食べたいものが食卓に上ることが多い。現在高校生の長男に弁当を作ることは毎朝の日課だ。自身も学生のころは弁当派だった。母の味が給食よりも好き。だから「健康を考えて、苦手な野菜をわざと詰めちゃう」。空の弁当箱を受けとる瞬間が何よりの喜びだ。
仕事にいつ戻るのか。家族の支援は必要だが「決断、選択は自分で決める」。そう考えた末、子育てが一段落したと思った12年に本格復帰した。「自分が復帰したいとかではなく、このまま戻らないんじゃないかというファンの不安の声に応えたかった」。休日は夫で俳優の江口洋介さんが厨房に立つ。「肉の塊を焼くだけの男料理ばかり。でも、助かってます」。実は自宅にはかつての実家同様、鉄板付きのテーブルがある。
19年から始めたライブツアーは2年半で全都道府県を回る予定だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で、20年は中止・延期に。「仕方ないこと。今は体力作り。だからおいしいものを作らなきゃ」
【最後の晩餐】 カレー……かなぁ。ん? やっぱり和食。炊きたてのおコメにお味噌汁。焼き魚にお漬物も。魚は塩サバに大根おろしを添えたもの。味噌はちょっと甘めだけど熊本の麦味噌で。だし巻きや納豆、めんたいこ、並ぶお皿を想像するだけでもホッコリします。
私食店 住宅街の焼き肉店
東京都世田谷区代沢の閑静な住宅街に韓国料理「焼肉 韓てら」(電話03・3421・1788)はある。木々が囲むテラス席もある店内はリゾートホテルを思わせる。「肉はもちろんだが、旬の食材を使ったメニューが楽しみ」と森高さん。チヂミなら夏季はトウモロコシ、冬はレンコンを具材にした限定メニューが人気だ。高木徹社長の母親が仕込んだキムチはファンが多い。
定番は上たん塩(1580円)や和牛特選ハラミ(2800円)。韓国料理特有の辛さやコクは顧客の要望に応じて調整する。「タレの好みは人それぞれ。ひとつの味を押しつけることはしない」(高木社長)
「家族がゆっくり過ごせる店」と森高さんが話すように家族連れが多い。幼児を抱えた親子も目立つ。
(生活情報部 佐々木聖)
[NIKKEIプラス1 2020年9月26日付]
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