半沢直樹原作の池井戸氏「見せつけられた役者の底力」作家 池井戸潤氏

――長引く超低金利や急速なIT化で、銀行経営をめぐる環境は激変しています。本作で半沢が組織の上層部と戦いを繰り広げたのは21世紀初めですが、当時から銀行という組織や働く人の意識は変わりつつあるのでしょうか。

あまり変わっていないと思いますね。少なくとも僕が知っている限りでは、「組織風土を変えなくては」という危機感を持っている人や、何か自分で行動を起こそうとしている人は見当たりません。特に大銀行には、何事もあまり深く考えず、組織に従っていようとする風土があるように思います。

先日ある銀行の労働組合に呼ばれてそんな話を言いたい放題したのですが、社員からたくさんの反応をもらいました。反論ではなく、「その通りだ、自分は今まで何も考えてなかった」といった声ばかり。素直な反応が返ってくるのもまた、いかにも銀行だな、と感じました。

――今年は春以降、コロナ禍で大変な状況が続きましたが、どのように過ごされていましたか?

昼間はひたすらこの作品を書いていました。集中して書き続けたおかげで、2カ月で書き上げることができました。夜は連日、なじみの店の営業支援。今日はあの店、明日はこの店と順繰りに回っていました。

コロナ禍で改めて、パンデミックによる経済的な影響の大きさを実感しました。小説には以前から「パンデミックもの」はありましたが、経済の観点から書かれたことはなかった。現実と小説の観点の差のようなものを感じました。

――日本のビジネスやサービスも、新型コロナをきっかけに大きく変わろうとしています。

飲食や観光、その他の業界も、大きく変わっていかざるを得ないでしょうね。そのためにはITの活用が必要不可欠ですが、日本はIT活用に関する考え方自体がものすごく遅れています。学校教育や行政手続きを見ても、他の先進国とあまりにレベルが違う。旧態依然とした状況に危機感を持っています。

――当たり前だった日常がコロナ禍で奪われる中で、小説やドラマなどのエンタメ作品から力をもらった人も多かったと思います。困難が多い時代にエンタメが果たす役割をどう捉えていますか?

そこは何とも言えないですね。エンタメはなくても困らないものですし、コロナで仕事や暮らしが厳しくなってエンタメどころではないという人もたくさんいるでしょう。今発信して、どのぐらいの人に作品が届いてくれるのか、不安に感じるところも正直あります。

でも、半沢直樹シリーズは明るくて前向きなエンタメ作品ですから、つらい状況にいる人にこそ読んでもらいたいと思います。半沢が世の不条理や横暴な上司、小悪党に毅然と立ち向かい、言いたかったこと、やりたかったことをやってくれますから。でも決して、まねはしないでくださいね(笑)。

『半沢直樹 アルルカンと道化師』
池井戸潤著/講談社/1600円(税別)
東京中央銀行大阪西支店で融資課長を務める半沢直樹は、取引先の美術系の老舗出版社が、あるIT企業による買収のターゲットになっていることを知る。大阪営業本部による強引な買収工作に不信感を募らす半沢だったが、やがて背後に潜む秘密の存在に気付く――。バンカーとしての正義を貫く半沢の奮闘を描く、「半沢直樹」シリーズの第5作。
いけいど・じゅん
1963年岐阜県生まれ。慶応義塾大学卒。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な著書に「半沢直樹」シリーズ、「下町ロケット」シリーズ、「花咲舞」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』などがある。最新刊は『半沢直樹 アルルカンと道化師』で、9月17日発売。

撮影/工藤朋子 取材・文/佐藤珠希

[日経マネー2020年11月号の記事を再構成]

半沢直樹 アルルカンと道化師

著者 : 池井戸 潤
出版 : 講談社
価格 : 1,760 円(税込み)

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