作家・燃え殻 情景浮かぶ短文さらり、ハガキ職人の技

小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』で、3年前に鮮烈な作家デビューを果たした燃え殻。本気で好きになった女性との20代での出会いと別れを、少し斜に構えた視点ながらも素直に淡々と描いた作品は話題を呼んだ。現在、フォロワー数23万人超のツイッター界の人気者だ。2作目の著作として『すべて忘れてしまうから』が発売された。

1973年、神奈川県生まれ。テレビ美術制作会社で企画デザイン・人事を担当。ウェブサイト「cakes」掲載の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を2017年に新潮社から出版し、1カ月で7万部超のベストセラーに。「yom yom」で小説『これはただの夏』、「週刊SPA!」でエッセー『すべて忘れてしまうから』を連載中

物を書くようになった原点は、ラジオ番組にあったと、燃え殻は明かす。「僕は昔、ハガキ職人だったんですよ。ハガキ一面に書けることは限られているし、どう書けば採用されやすいのかも分かってくる。ツイッターも140文字ギリギリまで使うことが多いんですが、これはハガキを書くのと似た感覚でした。みんな、だいたい、起承転結をきちんとつけるか、本当に一言のつぶやきか、そんな感じだと思うんですけど。物語としては成立していないけれども、なんとなく絵が浮かんでくるような。そういったもののほうが、自分が気持ちよくて」

今作も憧れの大槻ケンヂと対談直前に交わした一言、仕事の合間の雑談、SNSで見聞きした話、高校や専門学校生の頃の思い出…様々な断片がつづられる。

「テレビの美術制作を20年以上続けてきて、まず制作物がカタチとして届けられることの大切さを知っているし、いかに前倒しで進めるかが体に染みついていて。何かを思いついたら書き上げて原稿を送っています」

『すべて忘れてしまうから』 SNSの動画が導く学生時代の思い出、言葉を1回交わしただけの人…。テレビの美術制作という本業をこなしながら、仕事終わりにビジネスホテルや喫茶店などで書いてきた、その時々の自身にひっかかった物事。さらりとしながらもどこか深い情感を伴う筆致で描かれる(扶桑社/税別1500円)

自ら、本のプロモーションビデオ(PV)作成に動いた。ハルカトミユキのハルカが楽曲を書き下ろし、サカナクションや欅坂46のミュージックビデオも担う映像作家・森義仁が監督を務める。

「自分で書くようになる前はそんなに本を読まなかったので、映像で『こういうものが世の中にあるよ』って発信することで、普段は“読むこと”がスマホで完結している人にも、“買って読む”みたいなことへのハードルを下げられるかなと思いました」

意識しているのは、ほかの作家ではなく、ユーチューバーらネットで活躍する作り手たち。「PVに興味を持った人が『あ、これって本なんだ』と思えるものにしたかったんです。本の世界観を短い動画にまとめることで損なうものもありますけど、得られる理解を徹底したかったので」と笑う。本の中身には個人的な苦悩も多く書かれる。

「悩みって、SNSではすぐに正しい答えが出るけれども、そうじゃない気がするんです。『いったん置いておけ』『やり過ごせ』でいい。僕の中で解決されていないことが、今回のエッセー集のネタになっています。その時が最悪だってことも最高だってことも、あとから振り返って初めて分かる。だから、どんなことでも『そのうち全部忘れちゃうんだな』と思っておくといい気がするんです」

(日経エンタテインメント!9月号の記事を再構成 文/土田みき 写真/鈴木芳果)

[日経MJ2020年9月4日付]

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