世界遺産から外れる? モスクとなったアヤソフィア

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/9/16
ナショナルジオグラフィック日本版

ボスポラス海峡を見下ろしてそびえる世界の傑作建築の一つ、アヤソフィア(PHOTOGRAPH BY MURAT TUEREMIS, LAIF/REDUX)

アヤソフィア――ここはユネスコの世界遺産であり、トルコ国内最大の観光名所であり、キリスト教帝国とイスラム教帝国のどちらもが、自らのものにしようと争った宗教的な重要拠点でもある。

トルコ政府は2020年、1500年の歴史があり1934年以降は博物館となっていたアヤソフィアをモスクに変更すると発表した。もとは正教会の大聖堂として建てられ、後にモスクとして何世紀にもわたって使用されていたこの荘厳な建造物については、ここ数十年の間、複数の宗教団体が、イスラム教の礼拝所としての復元を目指して動いていた。

モスク化の発表は多くの関係者を驚かせた。ユネスコは、トルコ政府からは何の相談もなかったと表明している。東方正教会と、数百万人の正教会信徒を抱えるギリシャには衝撃が走った。「エルドアン大統領が標榜するナショナリズムは、トルコの時間を600年分巻き戻すものです」と述べたのは、ギリシャの文科相リナ・メンドーニ氏だ。ローマ教皇フランシスコは、日曜の祈りの中で「非常に悲しい」と発言。見事なビザンチン様式のモザイクや、絵画に対する懸念を表面する人もいる。

一方で専門家は、アヤソフィアが変化にうまく対応して、今後も観光名所として機能し続けるだろうという。米ワールドモニュメント財団のジョナサン・ベル氏は「懸念は2点です。トルコ当局が今後も保存のために力を入れること、今後も一般公開を続けるのかです」と話す。「個人的には、アヤソフィアは礼拝の場として存在しつつ、世界遺産としての役割も果たしていくと考えています」

ふたつの宗教

アヤソフィアの歴史を振り返ってみよう。元々は、6世紀に東ローマ帝国(ビザンツ帝国とも呼ばれる)の首都の大聖堂として建てられたものだ。1453年にコンスタンティノープルがオスマン帝国に征服されると、それを機にモスクとなった。その後はイスラム教の礼拝所として機能。1934年にトルコ政府がこれを博物館とし、ユネスコが「イスタンブール歴史地区」を世界遺産に登録。アヤソフィアももちろん含まれている。

ビザンチン様式の建築、精巧なモザイク、キリスト教徒とイスラム教徒の両方にとって宗教的にも重要である建造物は、例年たくさんの観光客で溢れていた。2019年に、アヤソフィアを訪れた人は370万人以上。今後、世界遺産であるアヤソフィアに改造や変更が加えられるのか、加えられるとすれば、それはどんなものなのかについては、「文化遺産の専門家にもまだ分かっていない」(ナショナル ジオグラフィックのクリスティン・ロムニー記者)のが現状だ。

ところで、ある宗教団体が「1934年のアヤソフィア世俗化の決定は違法」との裁判を起こしていたが、2020年7月10日、トルコの最高行政裁判所はこの訴えを認める判決を下した。この団体の主張の根拠は「アヤソフィアは現在も、1453年にコンスタンティノープルを征服したオスマン帝国のスルタン、メフメト2世の個人的所有物であるから」というものだ。

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