新型コロナ 米医師が直面する「命の選択」の難しさ

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

2020年7月2日、米テキサス州ヒューストンにあるユナイテッドメモリアル医療センターのCOVID-19ユニット内で、患者を移動させる医療従事者。州内ではコロナウイルス患者が爆発的に増えており、街は危機的な状況にある(PHOTOGRAPH BY MARK FELIX, AFP VIA GETTY IMAGES)

「トリアージ」(治療の優先順位)という言葉は、フランス語の「trier(トリエ。選別するの意)」に由来する。この考え方が普及したのは18世紀末、フランス軍のナポレオン・ボナパルトがエジプトとシリアに侵攻し、多数の負傷者を出したことがきっかけだった。

フランス軍医のドミニク・ジャン・ラレーはこのとき、階級に関係なく、傷の重症度に応じて兵士を分類、治療するという方法を実践した。

それから200年以上がたった現在も、最も多くの人々に最善の治療を施すという、救急医療におけるトリアージの目的は変わっていない。しかし、米国各地で新型コロナウイルスが蔓延する中、医療従事者たちは、この原則をどう実践すべきなのかという問題に直面している。

米国政府のコロナウイルス対策本部は、18の州を「レッドゾーン(危険区域)」と位置付けており、これは1週間で人口10万人あたり100人以上の新規感染者が出たことを意味する。また、病院の集中治療室が定員の70%以上埋まっている州は14にのぼる。

こうした切迫した状況からは、いくつか重大な問題が発生する。十分なリソースがない場合、どのように患者を治療するのが最善なのか、トリアージの判断はだれが行うのかという問題だ。

命の天秤

トリアージとは基本的に、いくつかの結果を天秤にかけることだと語るのは、米エール大学ジャクソン国際問題研究所で災害対応を教えるナサニエル・レイモンド氏だ。トリアージの恐ろしいところは、その判断がゼロサムであること、つまり一方が利益を得れば、他方がその分だけ損失を被る仕組みであることだと、レイモンド氏は言う。

一方の患者を治療することは通常、もう一方を治療しないことを意味する。そのため、医療機関は緊急事態が発生する前に、どのようにして公平な判断を下すかについての方針をまとめ、そのガイドラインを医療提供者と一般市民の両方に対して、透明性を持って伝えることが重要となる。

今回のパンデミック(世界的な大流行)の最中、医療従事者がまず行ってきたのは、病院の収容能力を迅速に拡大することだ。たとえばミシガン州の医療機関である退役軍人アナーバー・ヘルスケアシステムでは、ウイルスの拡散を防ぐために、壁、配管、空調用ダクトを設置して新型コロナウイルス感染症(COVID-19)用の陰圧病棟を作った。

ただし、それで十分なわけではないと、肺疾患を担当する内科医ハリー・プレスコット氏は言う。現場を問題なく機能させるには、事前にトリアージ計画を精査、訓練しておく必要がある。これを怠れば、臨床現場の意思決定者が多大なストレスにさらされることになる。

ミシガン州でCOVID-19の症例が現れはじめた2020年3月、プレスコット氏は、希少なリソースを必要に応じて割り当てるトリアージチームの一員だった。チームは、人工呼吸器が足りなくなった場合などを想定し、模擬シナリオを演習した。幸いなことに、同院ではまだこれを実行する事態にはなっていない。

「患者の家族に対して、治療を提供できないと伝えなければならなくなったとしたら――その会話を想像することが、そもそもリソース不足に陥らないよう、事前にできる限りのことをしておこうという強いモチベーションになります」

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