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なぜ「1枚焼き」にこだわったのか

ここからは、ブレッドオーブンヒットの理由を検証すべく、三菱電機ホーム機器(埼玉県深谷市)の八百幸史晃氏と開発の経緯を振り返っていこう。

まず、開発の初期段階にパン食についてアンケートを行ったところ、多くの人が味に妥協してトーストを食べていることが分かったという。

「調査の結果、今のトーストを食べるのが好き、おいしいと答える方が57.9%しかいないことが分かりました。実は4割以上は現状のパン食にあまり満足していない。焼きたての生の食パンだったらトーストしないが、時間がたったらトーストするとか、スーパーやコンビニの食パンは絶対トーストするといった回答が……。つまり多くの人が、食パンをトーストすることで味をごまかしたり、妥協して食べたりしていることが明らかになったのです」(八百幸氏)

そこで本当に食べたい食パンについて一から考えた。その結果、焼きたての一斤のパン、窯から出したばかりの食感やおいしさ、甘みと捉え、そんな食パンを食べるためのトースターを目指すことにした。

三菱電機ホーム機器の八百幸史晃氏。2005年に入社後、マーケティング担当として高級炊飯器「本炭釜」の商品企画、立ち上げに携わり、以降14年半にわたり炊飯器の商品企画に携わる

最初の時点では必ずしもトースターである必要はなかっただろう。肝心なのは、どうしたら焼きたてのようなおいしい食パンが食べられる「調理家電」にたどり着けるかだ。その際にヒントとなったのが、同じ主食のおいしさを10年以上にわたって追求してきた炊飯器のアプローチだった。共通するのはどちらも水分を逃さず、食材にむらなく火を通すこと。だからこそブレッドオーブンでは1枚焼きにこだわったという。

「最初は1枚しか焼けないなんて、製品化できるわけがないという声も少なからずありました。そこで技術陣と議論しながら、やはり2枚焼けないと駄目かなとか、製品化を通すために2枚焼きの方向も検討すべきではと頭を悩ませた時期もありました。しかし、2枚焼きできるような形で作ってみると、どうしてもうまく焼けない。理想のおいしさには程遠かったのです」(八百幸氏)

2枚焼きだと1枚焼きに比べて内部空間が大きくなることが、おいしさを損ねる原因だったと八百幸氏は振り返る。

「2枚焼きにすると密封した箱の中が大きくなり、水分が飛んでしまう。乾燥しておいしく焼けませんでした。ヒーターサイズも大きくなるので、焼きむらが出る。やはり1枚焼きのサイズ感でヒーターを配置したほうが、むらがなく均一に焼け、圧倒的においしい」

開発チームは1枚焼きのおいしさに絶対の自信を持っていたという。最後は上層部に食べてもらい、味で納得してもらった。「生産性やコストなど、事業面の課題はありましたが、最終的に『味がおいしいのは分かった、やってみよう』ということでGOサインが出ました」と八百幸氏。

単に食パンをおいしく食べられるだけでなく、アレンジやトッピング次第でよりボリュームのあるレシピやスイーツなども作れる

開発と並行してどのようなストーリーやプロモーションを展開するかなど、マーケティング戦略も練った。そこでネックとなったのが、やはり3万円を超える価格だった。

「どうしても売価は下げられなかった。最大の要因はおいしさの生命線といえる、密閉性を高める構造でした。機械生産が難しくラインが組めないため、実は一つひとつ手作りで組み上げているのです。味の要である密封構造は、わずかなずれで蒸気漏れが起きてしまいます。現在も技術のある工員が、内側の蓋部分の縁取りなどがずれないように、一個一個手で作っています」(八百幸氏)

工場でよく見る効率化された生産ラインでは作れず、工員が手で作っている

こうまでしないと、食パンから最高の香り、甘み、食感を引き出すトースターが作れない。家電なのに手作り――匠(たくみ)のような発言だが、三菱電機の家電でもここまでやるのは恐らく初めての試みだっただろう。

「当社の家電製品は大量生産、大量出荷が通常のスタイル。しかし工場側と打ち合わせる過程で、コア部分は一個一個を作業台で作る方法でしか実現できないという結論になって……。製造管理部門との打ち合わせでも、やはり『そんな作り方はあり得ない』みたいな感じになりましたね。しかし、そうでもしなければ作れないと説得し、何とか承認してもらいました」(八百幸氏)

まさに薄氷を踏む思いでこぎ着けた製造、発売だった。

オンリーワンならコモディティー化は防げる

デフレからなかなか抜け出せない日本。製品価格が下がり続け、人口の減少もあって経済全体が収縮している。加えて、革新的な製品であっても数カ月後には他社にキャッチアップされ、みるみるコモディティー化していく。特に家電製品はグローバル市場で低価格化が加速する。

グローバルで戦う海外の家電メーカーは、世界共通で展開できるプラットフォームを用意し、国ごとの需要に合わせて仕様をローカライズする手法を採用している。これによって大量生産し、低価格で販売しても利益を確保している。大量部材調達、大量生産のメリットが生かせる構造を築き上げたことが、成功の秘訣だ。

それに対し日本市場を中心に展開する三菱電機のブレッドオーブンは、まさにオンリーワン。開発には高い技術力が必要で、簡単にコモディティー化は進まなかった。これが2番手、3番手製品に脅かされることなく、今なお売れ続けている要因の一つだろう。

三菱電機が20年4月8日に配信したプレスリリースによると、同社は世界知的所有権機関(WIPO、本部:スイス)が発表した19年の企業別国際特許出願件数で世界2位、日本企業では5年連続で1位を獲得しているという。そうした高い技術力を背景に、ユニークな家電を開発し続けているのが同社だ。唯一のプロペラファン搭載で、温度の違う風を元から2つに吹き分けられるエアコン「霧ヶ峰」、ありそうでない「レンジ→グリル」のリレー調理機能を搭載したコンパクトなオーブンレンジ「ZITANG(ジタング)」、ごみやほこりを吸うだけでなく、吹き飛ばすブロアー機能をスティック掃除機で初搭載した「iNSTICK ZUBAQ(インスティック ズバキュー)」、そして15年近くたった今もなお高級炊飯器市場をけん引する「本炭釜シリーズ」がそれだ。

多くの人がイメージするように、三菱電機には財閥系企業特有のお堅い組織という一面がある。にもかかわらず、家電分野でブレッドオーブンのような「規格外」の製品を繰り出しているのが興味深い。持ち前の発想力と技術力を生かした、次なるオンリーワン製品に期待したい。

(デジモノステーション編集長/家電スペシャリスト 滝田勝紀、写真 滝田 勝紀、写真提供 三菱電機))

[日経クロストレンド 2020年7月31日の記事を再構成]

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