帰還成功、スペースX有人宇宙船 飛行士が見た地球
パラシュートで大空から降下したクルードラゴンは、米東部時間2020年8月2日午後2時48分(日本時間8月3日午前3時48分)に米フロリダ州北西部パンハンドル沖のメキシコ湾に着水した。
2カ月を超える「国際宇宙ステーション」(ISS)滞在を終え、米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士ロバート・ベンケン氏とダグラス・ハーリー氏が、米スペースXのカプセル型宇宙船「クルードラゴン」に乗って地球に帰還したのだ。
2人の帰還によって、日本時間の5月31日早朝に打ち上げられた「デモ2」の試験飛行が完了した。これは、米国における9年ぶりの有人宇宙飛行となったのと同時に、NASAの宇宙飛行士が史上初めて民間企業の宇宙船で飛行するという点でも、歴史に残るミッションとなった。
有人での試験飛行を無事に成功させたスペースXは、NASAから少なくともあと6回のISSへの飛行を任されている。次回のミッションは「クルー1」と呼ばれ、早ければ9月下旬にも打ち上げられる(宇宙航空研究開発機構=JAXAの野口聡一飛行士が搭乗予定)。その次は2021年春に予定されており、ベンケン氏の妻でもある宇宙飛行士メーガン・マッカーサー氏が、夫が今回乗ったのと同じクルードラゴンに乗り込む。
「妻はスペースXのミッションに任命されたことを大変喜んでいます」。ベンケン氏は帰還前にISSからそう話していた。「クルードラゴンでの生活や、私物収納のコツなど、ぜひアドバイスしておきたいです」
クルードラゴン初の有人飛行
ベンケン氏とハーリー氏が、クルードラゴンをISSとドッキングさせたのは5月31日のこと。そこで、待っていた3人の宇宙飛行士と合流した。
「一緒に夕食をとりながら今日のことを振り返ったり、明日のことを考えたり、世界の出来事について語り合ったりできる仲間が来てくれたのは素晴らしいことでした」。4月にロシアのソユーズ宇宙船で到着して以来、ISSに滞在している米国人宇宙飛行士クリストファー・キャシディ氏はそう話した。
デモ2の両氏は滞在中にISSの修繕や科学実験を手伝った。ベンケン氏とキャシディ氏は4回の船外活動をこなし、電力系統のアップグレードや新しい気密区画設置のための準備を行った。それにもちろん、クルードラゴンの性能試験も実施した。
「居住性のテスト、インターフェースのテスト、緊急通信のテスト……それから、クルードラゴンがドッキングした状態での作業のしかたに関する全般的なことですね」とハーリー氏は説明した。「ほとんどは計画通り、完璧にできました。ところどころ微調整も必要でしたが、大体のことはうまくいきました」
クルードラゴンが地球へ帰る前の晩、ミッションマネジャーたちは、フロリダ州周辺の7つの着水候補地からペンサコーラ市沖を選定した。スピードボートと回収船が早く宇宙船にたどり着いて作業に当たれるように、天候と海の状態が穏やかであることが主な条件だった。
その日、キャシディ氏と、同じくISS長期滞在クルーである2人のロシア人宇宙飛行士アナトーリ・イワニシン氏とイワン・ワグナー氏は、ベンケン氏とハーリー氏の送別会を開いた。そのときキャシディ氏は、年季の入った米国旗をハーリー氏にプレゼントした。これは1981年、スペースシャトルの最初のミッションのメンバーが宇宙へ持って行った旗である。そして2011年には、ハーリー氏自身が最後のスペースシャトルのパイロットを務めたときにISSに持ってきたものだ。
「私たちが置いていってから約9年間もここにあったことになります」。ハーリー氏はそう言った。「この旗を持ち帰り、次のミッションへと受け渡せることを誇りに思います」
そうしてベンケン氏とハーリー氏はクルードラゴンに乗り込み、ISSを離れた。2人がそれぞれ2008年と2009年に新人飛行士として初搭乗したスペースシャトルにちなみ、両氏はこの宇宙船を「エンデバー号」と呼んだ。
「比較的小さいので、スペースシャトル時代のように7人が乗るとなると、じっとしたままになるかもしれません」とベンケン氏は語った。「電話ボックスのようだとまでは言いませんが……乗るなら4人までの方が確実に快適だと思います」
自律的なエンジン噴射を繰り返してISSから分離したあと、エンデバー号は地球への帰途についた。2人を乗せた船室の下には、ゴミが詰まった約2900キログラムの使い捨てトランクが付いており、地球の大気で燃やし尽くすべく切り離された。
クルードラゴンは大気圏に時速約2万8000キロメートルで突入した。トランクで覆われていた部分には耐熱シールドが付いている。宇宙船は大気圏の抵抗で時速約560キロメートルまで減速し、その後、次々とパラシュートを開くことで、さらにスピードが緩められた。メキシコ湾に着水すると、2人は迎えに来た船に移り、それから飛行機でテキサス州ヒューストンへ戻った。
過去の例を見ても、宇宙飛行士は着水の際に吐き気を催すことが多い。長期間の宇宙滞在により、ただでさえ方向感や平衡感覚が鈍っているところへ、それらを司る内耳液が、久しぶりに味わう重力によって影響を受けるためだ。これを知るベンケン氏とハーリー氏はどちらも、強烈な船酔いに対処するに「ふさわしい道具」がエンデバー号に備え付けられていると口をそろえた。
「必要ならすぐ手に取れる場所にエチケット袋が置いてあります。たぶんタオルも」。ハーリー氏はそう言っていた。「宇宙船の中でこういう事態が起こるのは、初めてのことではないですからね」
しかし、ちょっとした吐き気を除けば、ベンケン氏もハーリー氏も無事だった。
次ページでも、民間が切り開いた有人宇宙船に搭乗した宇宙飛行士の活動の様子や、彼らが撮影した美しい地球の姿をご覧いただこう。
(文 NADIA DRAKE、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年8月4日付の記事を再構成]
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