匂いを感じないコロナ嗅覚障害 回復治療は未確立

日経ナショナル ジオグラフィック社

新型コロナウイルスが嗅覚系をどのように破壊するかを理解するため、科学者たちはまず、標的となる可能性のある部位を絞り込んだ。新型コロナウイルスが細胞に侵入するには、ACE2とTMPRSS2という2種類のタンパク質が必要だ。そこで米ハーバード大学で嗅覚を研究している神経生物学者のサンディプ・ロバート・ダッタ教授らは、嗅覚系の細胞の中から、この2種類のタンパク質を膜にもつ細胞を探した。

その結果、新型コロナウイルスは嗅覚ニューロンには感染しないことがわかった。ダッタ氏らが20年7月31日付で科学誌「Science Advances」に発表した論文は、新型コロナウイルスが、嗅覚系の幹細胞(新たにニューロンになる前の細胞)や支持細胞(ニューロンを物理的にサポートし、死んだ細胞を除去し、粘液により匂い成分を移動させる細胞)に存在することを示している。

とはいえ、ウイルスの直接の標的にならない部位が嗅覚障害を引き起こす可能性も否定できない。嗅覚ニューロンの周囲のイオン濃度が感染によって変化すれば、ニューロンは脳に信号を送れなくなるかもしれない。また、免疫反応が何らかのしくみで嗅覚系を混乱させたり、匂いを処理する脳の部位の炎症が影響を及ぼしたりする可能性もある。

ほかにも多くの疑問が残っている。なぜ数週間で嗅覚が回復する人としない人がいるのだろう? 嗅覚が失われたままになる人もいるのだろうか? ウイルスが嗅覚系から脳に侵入することはあるのだろうか?

新型コロナウイルスと嗅覚系との相互作用の理解が進めば有効な治療法が見えてくるかもしれないが、今のところ良い治療法はない。

嗅覚訓練

一般に、嗅覚障害の治療法としては鼻の理学療法とも言えるものがある。ユーカリ、クローブ、レモンなどのエッセンシャルオイルの香りを毎日少しずつ嗅ぐというもので、香りを感じなくても嗅覚に集中することが大切だとされている。

ただし、こうした訓練の効果を示唆する証拠はあるものの、誰にでも効果があるという保証はないし、新型コロナウイルス感染症による嗅覚障害への効果についての研究もない。「この訓練に害はありません」とマンジャー氏は言う。「ただ、治療としてどこまで有効かという点については、まだ結論は出ていないと思います」

匂いのない人生を説明することは困難だが、嗅覚障害はほかの感覚障害よりも軽視されがちだ。

「同情を求めているわけではありません」とクアッギさんは言う。「ただ、嗅覚障害をからかわないでください。自分が何を失ったのか、それを失うまでは理解することはできません。嗅覚と味覚を失うのと、視覚や聴覚を失うのではどちらがましか、自分でもわかりません」

(文 SARA HARRISON、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年8月8日付]

注目記事
今こそ始める学び特集