峰竜太さんの笑顔がすてきな理由とは?

Q 俳優の峰竜太さんに、すてきな笑顔の秘訣を尋ねたところ、返ってきた明解な答えは「笑いは“何”トレ」?

正解は「笑いは筋トレ」だ。日々のトレーニングが大切なのだと教わった。具体的には口角を上げる際に使う「表情筋」の訓練が効果的なのだそうだ。人間の筋肉は普段から使っていないと、次第に衰えてしまう。表情筋も同じ。逆に、日常的なトレーニングを重ねていれば、いつでも自然な笑顔を引き出しやすくなる。

笑顔は人柄を映すと思い込んでいる人が多い。確かにそういう面もあるだろうが、必ずしも「朗らかな人柄でなければ、見事な笑顔をこしらえられない」というわけではない。プロの俳優は演出上の求めに応じて、自在に笑顔を演じてみせる。そうした「職業上の笑顔」の裏には、たゆまぬ表情筋トレーニングがあるのだ。

逆に言えば、一般人でも表情筋トレーニングを怠らなければ、「笑顔の達人」になれるわけだ。「自分は表情に乏しい」と嘆くには及ばない。それはただ訓練が足りないだけなのだ。

オンライン会議が増えて、小さい画面枠の中で表現しなければならなくなる中、「非言語コミュニケーション」の重要度は一段と高まっている。好感を呼び込みやすい笑顔はその最たるものだ。表情やしぐさも「無音の言葉」を発している。しかも、時として口よりも雄弁に。鏡の前で数分の訓練を続けるだけで、「前向きなキャラクター」や「やさしげなイメージ」が手に入るのであれば、試さない手はないだろう。

Q おいしい食事をご馳走した上司がイラッとしたのは、食後に味を尋ねられた部下が「はい、●●●(漢字3文字)です」と答えたから?

正解は「はい、大丈夫です」。この部下に悪気はなかったのだろう。「十分においしかったです」という意味合いでの返事と思われる。しかし、上司はややムッとする気持ちを抑えられなかった。なぜなら、「そんなにまずくはなかった」「大しておいしくはないが、まあまあ許せるレベルだった」という、弱い否定のニュアンスをかぎ取ったからだ。同時に、「せっかくおごってやったのに」という、別の不快感も芽生えてしまったようだ。

「大丈夫」は実に使い勝手のよい言葉だ。コンビニで「レジ袋は必要ですか」と尋ねられた際は「不要です」の代わりになり、「週末の天気は大丈夫」なら「好天が続く」の意味になる。様々な用途に使えるので、日本人と接し始めた外国人が早くに覚えるという言葉に「どうも」があるが、「大丈夫」もかなりの融通が利く。ただ、意味や用法の懐が深いだけに、丁寧に扱わないと、先に挙げた上司のようなトラブルを引き起こしかねない。

これほど「大丈夫」の用法が広がった一因は、はっきりと意思を表明したがらないという、日本人の性格にあるのかもしれない。「コーヒーのおかわりはいかがですか」という声掛けに、「いりません」と応じるのは、いささかつっけんどんで失礼な気がする。英語なら「ノーサンキュー」で済むのだろうが、日本ではあまり露骨に「ノー」を言いたがらない傾向がある。とりわけ、好意的な誘いに対しては、もっとやんわりと応じたいと考える人が多いだろう。そういう場合に相手をできるだけ傷つけない物言いとして「大丈夫」が選ばれた気がする。

日常の付き合いではそれで構わないが、ビジネスシーンではあいまいな意思表示は混乱を招きがちだ。商談で価格を示され、うっかり「大丈夫です」と応じたら、その提示を受け入れた契約同意とみなされても文句は言えまい。上司から体調を尋ねられて、実は変調を感じていても、つい「大丈夫です」と、健康を装ってしまうのは、自分をもだましてしまう危うい受け答えだ。とりあえず「大丈夫」で済ませる手抜き表現は事態の先送りや危機感のごまかしにつながりやすいから、乱用には注意したいところだ。

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「目上の人に『ご苦労さま』は失礼」は本当?