湯浅政明監督 「違うことが面白い」をアニメで描く

日経エンタテインメント!

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小松左京のベストセラー小説が原作で、Netflixが全世界独占配信中のアニメ『日本沈没2020』を手掛けるのが、現代を代表するアニメーション監督・湯浅政明。ここ数年は特に多作で、今年1月期放送のテレビアニメ『映像研には手を出すな!』も大反響を呼んだ。これまでの道のりとアニメへの思いを聞いた。

1965年生まれ、福岡県出身。アニメーション監督、演出家、脚本家。87年、憧れだった芝山努のスタジオ・亜細亜堂に入社し、アニメーターとして活動後、設定デザインなどを経て99年に監督デビュー。13年、サイエンスSARUを立ち上げ社長に就任(20年3月に退任)。

1987年にアニメーターとしてのキャリアをスタートさせるや、湯浅政明はすぐに頭角を現す。のちに国民的アニメとなる『ちびまる子ちゃん』(90年)の原画や、『クレヨンしんちゃん』(92年)の絵コンテ・作画監督に抜てき。特に『クレヨンしんちゃん』では劇場版1作目から設定デザインを担当するなど主要スタッフとして名を連ね、劇場シリーズの人気や定番化に貢献した。

存在がクローズアップされたのは04年。長編アニメーション映画初監督となった『マインド・ゲーム』が国内外4つの賞を受賞。以降、彼が監督する作家性の高い作品たちは、国境を越えてアニメファンを魅了してきた。

世界が認める才能――湯浅政明監督のアニメーション制作への原点は何だったのか。

「もともと、マンガとアニメの区別もつかない小さな頃からアニメが好きでした。テレビアニメで見たキャラクターを幼稚園で描くとみんなが喜ぶので、それに味を占めて繰り返していましたね(笑)。

中学生になって『そろそろアニメから卒業する年だな」って思っていた頃に『宇宙戦艦ヤマト』が劇場で公開され(77年)、アニメーションブームが日本で起こり、『日本のアニメはレベルが高くて大人も見られる』などと言われ始め、劇場アニメは見続けた。

進路を意識し始めた中3に見たのが、『銀河鉄道999』(りんたろう監督)、『ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督)、『エースをねらえ!』(出崎統監督)と3大巨匠の作品。そのとき、『アニメーションってこんなに面白くできるんだ!』と感じて。例えば『カリオストロ』は、とても面白いけど難しい絵じゃない。『こういう動いて楽しいものが作りたい。僕はアニメの絵が好きなんだ!』と気づいてアニメーションを志しました」

天職だと感じた瞬間

「でも、業界に入ってすぐにアニメーターには向いてないなと(苦笑)。なぜかというと、頭で想像した通りに描けないのがすごく苦痛で。だけど、『クレヨンしんちゃん』の劇場版1作目(アクション仮面VSハイグレ魔王、93年)のクライマックスでアクションのアイデアを求められ、マンガのコマみたいなものを描いたんですね。それが結果絵コンテになって、いつもより気楽に作画しました。そしてその出来上がりを見たら、すごく気持ち良かったんです。

他の方の絵コンテの原画では細かい動きが思い通りにならなくて悩んでいたのに、自分のコンテだと全体のカメラの動きやテンポが思い通りになるのがすごく気持ち良くて、ドバーッと頭に変な汁が出るような感覚というか(笑)。見ている人も喜んでくれましたし、それまですごくつらくて面白くない職業だと思っていたのが180度変わって、アニメーションがめちゃくちゃ楽しい天職に感じられました。

『SUPER SHIRO』 『クレヨンしんちゃん』の野原家のペットSHIROが、バッジの力で世界を守るスーパーヒーローに…! 総監督・湯浅政明。ABEMAとTELASAで配信中 (C)臼井儀人/SUPER SHIRO製作委員会

『絵コンテが楽しい』から始まって、じゃあ演出もしたほうがいいのか、そしたら脚本も、原作も……と仕事が広がって。『クレヨンしんちゃん』での様々な経験によって、クリエーターとして芽を開かせてもらったと思います。設定をやるためにいろいろ調べると、『世の中にはこんなに面白いものがたくさんあるんだ』という発見があったし、面白いことを分かりやすくアニメーションにできるといいな、という意識も強まりました。

あと、作品だけじゃなくいろんな人に出会うこともすごくありがたかった。OVAの『THE 八犬伝~新章~』(93年)では大平晋也君というアニメーターに出会い、「こういう描き方があるんだ」という大きなカルチャーショックを受けました。カートゥーン ネットワーク制作の『アドベンチャー・タイム』(12年、日本での放送開始年)では、海外のアニメーションの作り方を見たことも刺激になりました」

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